2024.09.26

スポニチアネックス

BC制覇まで負けられない 渋田助手期待のフォーエバーヤング

 日々トレセンや競馬場など現場で取材を続ける記者がテーマを考え、自由に書く東西リレーコラム「書く書くしかじか」。今週は栗東取材班の坂田高浩(39)が担当する。デビューから5連勝、今春のケンタッキーダービーでは大接戦の3着に奮闘したフォーエバーヤング(牡3=矢作)を担当する渋田康弘助手(62)を取材。来月2日に始動戦のジャパンダートクラシック(大井)を控え、BCクラシック(11月2日、米国デルマー)も見据える愛馬のこれまでの活躍と今後の意気込みを聞いた。

第150回ケンタッキー・ダービーを制したミスティックダン(手前右)と、3着のフォーエバーヤング(同中央)=チャーチルダウンズ競馬場(USAトゥデー・ロイター=共同)

 ケンタッキーダービーの激闘から、もうすぐ5カ月。フォーエバーヤングの秋の戦いが近づいてきた。始動戦はジャパンダートクラシック。国内戦は昨年暮れの全日本2歳優駿以来となる。同世代の強豪がそろう一戦でも主役を譲るつもりはない。渋田助手は「負けてほしくない気持ちが強いですね。思い描いたようにいくのは難しいけどBCクラシックや、その先のことまで毎日、夢を見てしまいます」と期待を口にした。順調に追い切りを重ね、態勢は整いつつある。

 昨年10月のデビュー前はここまでの躍進は想像できなかった。渋田助手は「全く走る気がなくて。ゲート試験も2回、落ちちゃったしね。6週間ほど厩舎にいて、うちの厩舎としては異例です」と苦笑いで回顧。ただ、その見方は新馬戦でガラリと変わった。直線で馬群を割って突き抜けたパフォーマンスに度肝を抜かれた。「ギアチェンジして最後の100メートルだけで、あの勝ち方」と逸材だと確信。走るごとに頭角を現し、精神面もどっしりしてきた。輸送にも動じず、初の海外遠征だったサウジダービーの空輸でもケロッとしていたという。

 UAEダービー後はドバイからベルギーを経由して米国入り。到着後に42時間の検疫があり、その後は馬運車で10時間の輸送。帯同馬がいなかったため「寂しがっちゃって」。さすがに元気がなかったそうだが、調教で手を尽くした。「満足できるところまではいかなくて何とか走れる状態。それでもヤングが一番、強かったって思える競馬をしてくれました」と胸を張った。勝ち馬ミスティックダンから鼻+鼻差の3着。悔しい結果には違いなくても最高峰の舞台で堂々の走りを見せた。現地メディアも日本のスターホースをレース前から大きく報道。「取材はオールフリーでカメラマンが連日、来ましたけど写真を撮られるのも好きで、機嫌が良かったです。ちゃめっ気があるからテレビで流してくれて、チャーチルダウンズのアイドルホースでした」と目を細めた。

 渋田助手は矢作厩舎で開業初年度の05年から長らく攻め専(調教騎乗がメイン)を務めた。現在はケガの影響から馬を下りて担当馬の世話をしている。厩舎がトップステーブルとなっていく過程を知り尽くし、フォーエバーヤングの父リアルスティールの稽古にも携わった。「乗れば大体のことが分かります(笑い)。ヤングにも乗ってみたい気はします。でも馬の下からでも、やりがいがあります。必死にやっているけど、それが果たして正解かどうか。勉強したり反省したり。楽しいですよ」と笑った。ホースマンとして培った経験と技術を愛馬に注ぎ、秋の飛躍につなげていく。

 ◇渋田 康弘(しぶた・やすひろ)1962年(昭37)9月21日生まれの62歳。調教助手として安田伊佐夫厩舎在籍時にはメイショウドトウ(01年宝塚記念勝ち)などに稽古をつけた。矢作厩舎には05年の開業初年度から従事。矢作厩舎でのこれまでの一番の思い出には12年ダービー馬ディープブリランテの英国遠征(12年キングジョージ6世&クイーンエリザベスS8着)を挙げる。

 ◇坂田 高浩(さかた・たかひろ)1984年(昭59)11月5日生まれ、三重県出身の39歳。07年に入社し、09年4月~16年3月まで中央競馬担当。その後6年半、写真映像部で経験を積み、22年10月から再び競馬担当に。