2024.07.31

スポニチアネックス

引退馬と地域活性!角居勝彦さんの競馬界への“恩返し”

 引退競走馬にできることとは―。夏企画「夏は自由研Q」第5弾は大阪本社の坂田高浩(39)が担当。元JRA調教師の角居勝彦さん(60)が中心となって昨年8月に開設した「珠洲ホースパーク」を訪れ、人と馬の共生のあり方について取材。元日の能登半島地震からの復旧、ウオッカやヴィクトワールピサなど多くの名馬を育てた名伯楽の現在の活動について迫った。

珠洲ホースパークでベレヌスなど引退馬に携わる角居勝彦元調教師(撮影・坂田 高浩)

 金沢駅から車で3時間ほど。石川県珠洲市内の家屋が倒れている光景を目にすれば、能登半島地震の被害がいかに大きかったかを肌で感じる。珠洲ホースパークも震災後は厩舎が一部破損して駐車場の地面が地割れ。見学者の受け入れを中止、断水も長期化した。

 角居さんは震災直後を振り返る。「人や馬たちは大丈夫でした。道路に亀裂が入って、スタッフが家に帰れないという状況でしたし、柵もゆがんだりしていました。徐々に、という感じです。今は水や電気が通っています」と現状を説明。パークの本格再開時期は未定ながらも、復旧作業は着実に進んでいる。

 昨年8月にオープンした引退競走馬と触れ合える当施設を取材で訪れたのは今月上旬。角居さんは頭にタオルを巻き、汗をぬぐって作業後に対応してくれた。元競走馬7頭とポニーがのんびり過ごしている。その中には馬主がキャロットクラブで重賞勝ちのベレヌス(22年中京記念)、グルーヴィット(19年中京記念)、バーデンヴァイラー(22年マーキュリーC、23年佐賀記念)にオープン勝ちのカウディーリョ(21年丹頂S)がいる。「種馬にはなれないけど、地方競馬で走らせることや乗用馬になるのもどうかというのもあって。観光戦略の一つになり得ると思いました」と受け入れた理由を説明した。

 1頭で400口だから4頭で1600口。会員の家族を含めれば多くの人が興味を持って訪れる可能性がある。「こういう所に人を呼び込むには他の場所にはない魅力がないと。地元の子供たちを馬に乗せての教育からスタートして、馬と共生できる自然環境を見てもらう。キャロットさんと自分の双方にとっていい形でビジネスとして成り立たせたい」と話した。

 この土地は以前、花卉(かき)栽培センターという施設だったが過疎が進み閉鎖に。角居さんのこれまでの活動の経緯もあり、行政に認められる形で使用許可をもらった。周辺には鉢ケ崎海岸や近代的なホテル、オートキャンプ場もあり風光明媚(めいび)な立地だ。「本当にありがたいです。こういう活動をしようと思っても、人材がいない、土地がないのが課題なので。人材を呼び込むために観光産業として収益活動を起こし、地域活性にもつながれば」と見据える。馬自身で稼いでいけるような産業として成り立つかどうか。「日本全国を見渡しても過疎が進んだ地域で、使われなくなった場所ってたくさんあると思うんです。この活動が、自立する産業として成り立てば、他の行政も見に来ると思うので」と前を向いた。

 角居さんは調教師時代の13年に引退馬の支援や馬とのコミュニケーションを心の病の治療に生かすホースセラピーを総合的に運営する「ホースコミュニティ」を設立。以前から引退馬の支援活動に精力的に取り組んできた。

 「生産牧場にいた時、脛骨(けいこつ)の骨折で安楽死処分になる馬を見てきました。はかない動物の命をどう守るか。調教師や調教助手をしていても、人間側の使用管理のミスで勝つチャンスを失ってしまったと感じる時がありました。こういう馬たちを助ける方法はないのかってところからですね」

 これまで携わってきた馬たちへの恩返し。その思いが、角居さんの活動の原点にある。

 ◇角居 勝彦(すみい・かつひこ)1964年(昭39)3月28日生まれ、石川県出身の60歳。北海道のグランド牧場から競馬学校を経て栗東トレセンへ。中尾謙太郎厩舎と松田国英厩舎で調教助手を務めた後、01年厩舎開業。JRA通算762勝。G1・26勝を含め重賞82勝。21年に調教師勇退。現在は家業の天理教の布教活動や一般財団法人ホースコミュニティの代表理事など引退馬の支援活動や障害者乗馬の普及に尽力する。

 《21年2月末勇退》角居さんは21年2月末でJRA調教師を勇退した。「母親の調子が悪いのもありましたし、おばあちゃんが造った天理教の教会をいつまでもお任せってわけにはいかないので」との判断から。牝馬として64年ぶりにダービーを制したウオッカなど多くの名馬を送り出した。「競馬サークルでは十分すぎるくらいやらせてもらいました」と振り返る。「馬主さんが大きな期待をかけてくれる中、夢半ばで中途半端にしてしまった馬もいるので、そのあたりは申し訳がなかったです」と勇退のタイミングについては葛藤もあった。

 引退後も忙しい日々を送る。「イベント事が土日に多いので、競馬から離れていました。リアルタイムで見られていないです。携帯電話で確認するぐらい」。それでも調教師時代の厩舎スタッフの活躍は気にしている。宝塚記念では、角居厩舎でかつてサートゥルナーリアなどを担当していた吉岡師がブローザホーンでV。「おめでとう、勝ってるやん!って連絡したり。1番人気は(08年オークス馬トールポピーなどを担当したドウデュースの)前川(調教助手)でしたしね」と頬を緩めた。

 他にも元スタッフでは辻野師や技術調教師として角居厩舎で研修した調教師も多い。「やっぱりうれしいですよ。安心します。間違ったことはしていなかったのかなと思います」と後進の活躍を頼もしげに見守っている。

 《昨春から天理大でホースセラピー講師》引退馬支援の機運が高まり、その活動を広げるため角居さんは昨春から天理大でホースセラピーの講師を勤めている。「セラピーの馬と共用ができる人材を育てないといけない」との思いがある。「今は犬、猫の殺処分も含めてアニマルウェルフェアという観点で、動物管理責任者というライセンスを取らなくてはいけません。天理大学ではその資格を取れる授業になったんです」と説明した。

 人材育成を進める上で「乗馬クラブでライセンスを取るためには費用がかさみます」と懸念する。「JRAにお願いしているのは競馬学校で取れるようにできないかということです。トレセンから出たシルバーの人材が自分のふるさとに帰った時、地域創生のために頑張ってくれる人も出てくるのではないかということです」と打開策を提案した。馬との共生のためにできることを一歩ずつ進める。