2024.11.15

シンコウラブリイと藤沢調教師

今週末、京都競馬場ではマイルチャンピオンシップ(GⅠ)が行われる。
 現役時代、このマイル王決定戦を6度も制したのが藤沢和雄元調教師だ。2022年に引退するまでにJRAのGⅠ通算34勝に加え海外でもマイルGⅠ(1998年、タイキシャトルによるフランス・ジャックルマロワ賞)を制したこの伯楽の、初GⅠ制覇もマイルチャンピオンシップだった。
 今から31年前の93年。淀の1600メートルで勝利したのはシンコウラブリイ。これが引退レースで有終の美を飾った同馬は、遡る事2年、91年にデビューした。
 「ピリッとした牝馬らしい馬で、飼い葉も食べずに一所懸命に走り過ぎちゃうようなタイプでした」
 だから、使い方には細心の注意を払ったという。
 「春と秋、それぞれのシーズンで3回までしか使わないようにしました」
 そうする事で体力をキープ。若駒の時は取りこぼしもあったが、伯楽が無理して使わない事で徐々に本格化。最終シーズンとなった93年の秋は毎日王冠(GⅡ)で始動。直後の天皇賞・秋(GⅠ)で1、2着するヤマニンゼファーやセキテイリュウオーらを相手に完勝した。
 現在なら次走は勇躍、天皇賞・秋で盾獲りを目指すだろう。しかし、当時は外国産馬に天皇賞の門扉は開かれていなかった。どれだけ活躍しても、どれほど賞金を加算していても、出走権が与えられなかったのだ。
 そのため続くレースではスワンS(GⅡ)に出走。するとここでもスプリンターズ(GⅠ)や桜花賞(GⅠ)等GⅠを3勝していたニシノフラワーらを完封。重賞を連勝して、ラストランとなるマイルチャンピオンシップに駒を進めた。
 この年の同レースが行われた京都は雨で不良馬場。切れるタイプのシンコウラブリイがこの馬場をこなせるかがカギとなったが、終わってみればそんな心配は取り越し苦労だった。逃げて2着に粘ったイイデザオウを最後の直線で捉えると、最後は1 1/4馬身の差をつけて優勝してみせたのだ。
 「走るからといって調子に乗って何度も使っていたら最後にGⅠを勝って引退なんて出来なかったでしょうね。1シーズンに3回しか使わなかったからこそ、最後の最後で念願のGⅠを勝てたのだと思います」
 当時、藤沢和雄元調教師はそう言っていた。シンコウラブリイはデビュー当初から引退するまで、馬体重が増える事なくほぼ変動のない馬だったからこの言葉は決して大袈裟ではなかっただろう。“1勝より一生”を標語としていた伯楽の、若き日のエピソードである。

(撮影・文=平松さとし)

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