2024.04.17
サンテミリオンのフローラS
今週末、東京競馬場ではフローラS(GⅡ、芝2000メートル)が行われる。このオークスへ向けた最終関門ともいえるレースを、2010年に制したのがサンテミリオン(美浦・古賀慎明厩舎)だった。
デビューから2連勝を飾り、3月の中山競馬場で行われるフラワーC(GⅢ)に出走したサンテミリオン。陣営は“ここで桜花賞(GⅠ)の権利を取り、桜の女王決定戦へ向かう”プランを立てていた。後に、古賀調教師は当時の事を次のよう述懐した。
「スタート後、被されて馬群の中に押しやられると、なかなか外へ出す機会がありませんでした。ようやく前が開いたのはラスト200メートルを切ってから。そこから良く追い上げたものの、3着までで終わってしまいました」
こうして桜の女王になる計画は水泡に帰した。しかし、当時、指揮官は次のように思っていたと言った。
「桜花賞の権利こそ取れなかったけど、レースの内容としては悲観するものではありませんでした。決して力が足りなくて負けたというモノではありませんでしたから……」
そこで今度は樫の女王、すなわちオークス(GⅠ)での戴冠を目指し、計画を練り直した。その結果、新たなターゲットとしてチャレンジしたのがこのフローラSだった。
「最終追い切りは濃霧で計測出来なかったのですが、前回よりも軽めでやってもらいました」
オークスの権利を取らなくてはいけないといえ、あくまでもここは前哨戦だった。目一杯に仕上げて勝利し、権利を取っても、その後のお釣りがなくなっては元も子もなくなる。そのあたりを考慮して、乗り手には「軽めで」と指示をしたのだ。
結果、これが的を射た。舞台となる東京競馬場の芝2000メートル戦としては、決して有利とはいえない8枠15番という枠だったが、落ち着いてスタートを切ると、道中も掛かる事なく、ジワッと進出。2番手で折り合ってみせた。
ペースが遅かった事もあり、逃げたアグネスワルツが思いのほか粘り腰を披露したが、最後は1馬身抜け出して勝利。目論見通りオークスの出走権を掌中に収めた。
さて、本番のオークスでの激闘は、歴史に残る名勝負となったので、覚えておられる方も多いだろう。桜花賞馬であり、後に秋華賞(GⅠ)も制し牝馬3冠馬となるアパパネを相手に一歩も引かぬ競り合いをした結果、1着同着。サンテミリオンはオークス馬というタイトルを、アパパネと分け合ったのである。
そんなサンテミリオンだが、デビューはなんと年明けの3歳になってからだった。当時、遅いデビューとなった理由を古賀調教師に聞くと、彼は次のように答えた。
「何かアクシデントがあったり、トラブルがあったりしたわけではありませんでした。純粋に成長を待っていたらこの時期になっただけです」
じっくりと成長を待った事が、後の大成につながったわけだが、そうやって待つ事が出来たのにもまた、師の経験から来る一つの理由があった。
サンテミリオンの父はゼンノロブロイ。伯楽・藤沢和雄調教師の下で現役競走馬時代、ダービー(GⅠ)2着、菊花賞(GⅠ)3着など、3歳クラシック戦線では善戦止まりだった。しかし、4歳となった04年の秋、天皇賞・秋(GⅠ)、ジャパンC(GⅠ)、有馬記念(GⅠ)のチャンピオンロードを全て先頭でゴールイン。それから20年近く経った現在でも、この3つを同一年に全て勝ったのはテイエムオペラオーと同馬の2頭しかいない快記録を達成したのである。そして、当時、古賀調教師は藤沢和雄厩舎の調教助手として、このゼンノロブロイの成長を目の当たりにしていたのだ。そんな経験が観察力と判断力を育み、サンテミリオンをGⅠ馬へと昇華させたのだった。
今年3月4日、そのサンテミリオンが星となった。17歳。若くしての他界は残念なばかりである。
(撮影・文=平松さとし)