2024.03.19

短距離王国香港からの刺客

 2012、13年に香港スプリント(GⅠ)を連覇したのがロードカナロア(栗東・安田隆行厩舎)だ。
 7年後の20年にはまたも安田隆行調教師(引退)が管理するダノンスマッシュが同レースを制し、ロードカナロアは父子で香港の短距離界の頂点を極めた。
 しかし、ロードカナロアが出て来る以前、実は日本馬にとってこのスピード王決定戦は、凱旋門賞(GⅠ)を勝つより難しいのでは?と言われていた。ダイタクヤマトやビリーヴ、ショウナンカンプにカルストンライトオ等、日本国内のスプリントGⅠを制した馬達が、香港ではいずれも返り討ちにあっていた。それもただ敗れるのではなく、いずれも二桁着順に大敗していた。二桁着順こそ免れた馬でも、サニングデールやローレルゲレイロがやはり大敗(前者は7着、後者は2度出走して8、13着)していた。
 そのくらい香港の短距離界は“速さ”が抜けていたのだ。

 そんな中、ロードカナロア以来となる香港スプリント(GⅠ)連覇を果たしたのがやはり地元香港のミスタースタニング(17、18年)だった。
 連覇の際、手綱を取っていたのは日本でもお馴染みのT・ティータン騎手。同騎手はレース前、次のように語っていた。
 「序盤の速さではホットキングプローンの方が上だけど、幸い自分の方が内枠に入ったので、発馬を決められれば、逆転があっておかしくないと考えています」
 ミスタースタニングは直前に走った香港JCスプリント(GⅡ)でホットキングプローンに負けていた。しかし、当時は相手より2・5キロも重い斤量を背負いながら、ゴール前では詰め寄ってみせていた。ゲートの並びでアドバンテージを取れたここなら、前走の差をひっくり返しておかしくないと鞍上は考えていたわけだ。
 こうしてゲートを飛び出すと、実際にスタート直後はホットキングプローンの前に出た。結果的にホットキングプローンがミスタースタニングをかわして逃げるのだが、序盤のこの駆け引きがあったため、スンナリと逃げられたわけではなく、その分、最後は一杯になった。1番人気ながら予想外に馬群に沈んだホットキングプローンとは対照的に、先頭に立ったミスタースタニングは後続を突き放した。そして、見事に連覇を決めてみせたのだ。
 満面の笑みを見せたティータン騎手だが、このレースにはもう1つ、面白いエピソードがあった。それは騎手ではなく、調教師の方。17年に勝利した際はJ・サイズ厩舎だったのに対し、連覇を決めた18年はFC・ロー厩舎からの出走だった。当時、ロー調教師は転厩の理由を次のように語っていた。
 「サイズ調教師と私は師弟関係にあります。ボスの厩舎には優秀なスプリンターが多く、使い分けだなんだと大変だったので、馬主さんが比較的、自由に使える私の厩舎へ転厩させてくれたのです」
 これが奏功しての連覇達成だったわけだが「優秀なスプリンターが多いから……」という理由で、GⅠウィナーを他厩舎へ出してしまうという点からも、短距離馬の層の厚さがよく分かろうというモノだ。ちなみに敗れはしたが、1番人気に支持されたホットキングプローンもまた、サイズ調教師が面倒を見る馬だった。

 さて、今週末の24日には、中京競馬場で高松宮記念(GⅠ)が行われる。ここに香港から1頭、ビクターザウィナーが挑戦を予定。3月12日にはすでに日本の到着し、調整されている。15年には同国のエアロヴェロシティが4番人気の評価ながら快勝した。果たしてハイレベルな香港馬が今年はどんなパフォーマンスを披露してくれるのか。期待したい。
(撮影・文=平松さとし)