2023.10.19

〝下剋上〟時代のはじまり

先月末にリーディングサイアーの王座を4年連続で独占するイントゥミスチーフの来季種付料が据え置きの25万ドル≒3700万円となることが、繋養先のスペンドスリフトファームから発表されました。世界を見渡せば、ガリレオ亡き後にイギリスのドバウィが25万ポンド≒4600万円で世界一の座に就きましたが、世界一のサラブレッド生産〝超〟大国・アメリカの種牡馬王である誇りは格別のものでしょう。今季も現在までトップを独走。5年連続の戴冠はほぼ確実な情勢です。ところが筋書き通りに簡単に運ばないところが、アメリカの独自な〝風土〟であり、二つとない〝面白さ〟でもあると思います。世界の先頭を走り続けるサラブレッド王国であり、有数の競馬開催大国でもあるアメリカのリーディングサイアーは、狭い島国の限られた地域で馬産事業を営む日本やアイルランド・イギリスなどの先進諸国と異なって、広大な大陸に大小様々な牧場が展開するアメリカでは種牡馬の数もそれだけ多く、血統的にも一傾向に偏らない多様性が大切にされているようです。アメリカという国は、それぞれが個性を強調するのは、厳しい競争を乗り越える戦略上の事情もあるのでしょうが、ステロタイプ(画一性)の見本市であると同時に、オリジナリティ(独自性)の宝庫でもある複雑微妙な魅力を奥に秘めているようです。

国を分断する南北戦争の時代に、レキシントンという名馬が14年連続通算16回と今も世界記録に残るリーディングサイアー獲得回数を打ち立てましたが、これは例外でほんの一握りの種牡馬群がタイトルを独占し続けるヨーロッパ的、日本的な風景はここにはありません。特に21世紀以降はこの傾向が明確になってきて、種牡馬の頂点に3回以上君臨したのは、ジャイアンツコーズウェイとタピットが3回、現在4連続中のイントゥミスチーフだけです。偉大なミスタープロスペクター、国民的英雄エーピーインディ、今世紀のトレンドリーダーとなったストームキャットも2回止まりでした。頂点に立つや否や、次のキャッチアップ(追い付け追い越せ)の標的に曝(さら)される宿命なのでしょうか?アメリカ競馬産業の〝特徴〟というより、既に〝伝統〟として受け継がれながら〝文化〟として定着しているのかもしれません。

話が遠回りになりましたが、イントゥミスチーフが〝王者の威厳〟として25万ドルを提示したのに対して、「それなら俺も」と名乗りを上げた馬がいたのには驚きました。長い間、リーディング戦線で常に安定して上位に食い込みながら今一歩で王冠をかぶり損ねていたカーリンを繋養するヒルンデールファームが25万ドルと王者ミスチーフとの同格を主張したかと思えば、新進気鋭のガンランナーを擁するスリーチムニーズファームまで25万ドルを掲げて天下統一を高らかに宣言しました。ガンランナーは種牡馬デビューの年に、新種牡馬チャンピオンどころか、イントゥミスチーフの指定席だった2歳全体のリーディングサイアーの地位まで奪い取った〝ジャイアントキラー(大物喰い)〟です。泰平の世に見えた〝イントゥミスチーフ天下〟が、にわかに一転して〝群雄割拠の下剋上〟に様変わりする気配が漂ってきました。これで話が始まれば、イントゥミスチーフ、カーリン、ガンランナーの〝競馬版21世紀三国志〟というオチで収まるのですが、突然の乱入者がストーリーを複雑に面白く盛り立てます。ところが、話は三国志どころか、三国志へと至る以前の五国、十国、十六国が覇を競う〝群雄割拠〟まで遡ってしまったようです。大先輩たちの〝下剋上宣言〟を受けて、クールモア系のアッシュフォードスタッドが来季のロースター(登録種牡馬名簿)を発表。突然に覚醒したかのように宙の高みを目指す臥龍ジャスティファイに倍増の20万ドル≒2900万円の札を差したからです。

前回は無敗の米三冠馬ジャスティファイが、2世代目となる牝馬オペラシンガーがG1・マルセルブサック賞を圧勝して2歳女王に輝き1000ギニー&オークスの最有力候補に、その翌週はG1・デューハーストSでチャンピオンベルトを巻いた牡馬のシティオブトロイは2000ギニーで2.0倍、ダービーも2.5倍、本番まで半年以上あるこの時期には異例なほど飛び抜けたオッズをブックメーカー各社から提示されています。〝絶対本命〟と言える立場を獲得して、両馬を同時に送り込んだ父ジャスティファイが種牡馬として1年遅れのブレークへと離陸したという話題をお伝えしました。この臥龍、本気で牙を剥いて来るのでしょうか?アメリカでのイントゥミスチーフ後継、ヨーロッパでのガリレオ以後、日本でのポスト・ディープインパクト。世界中に巻き起こる〝下剋上の嵐〟を勝ち抜くのはどの血統か?当分は、この経緯(いきさつ)から目が離せません。