2023.09.18
英クラシック完全制覇が告げている事
先週土曜の英セントレジャーを力強い末脚で完勝した日本生まれのハーツクライ産駒コンティニュアスが、後方からジリジリと差を詰め、直線で抜け出すと強靭な末脚で他馬を寄せ付けず、完勝と言って良い内容で栄光のゴールに飛び込みました。この勝利は、サンデーサイレンスを祖と仰ぐ強者(つわもの)たちによる、競馬発祥の地イギリスの5大クラシック完全制覇の壮挙となります。夢のような出来事です。同じイギリスを誕生の地とするスポーツで例えれば、昨日のラグビーの〝サクラ・ジャパン〟は力及ばずイングランドに敗れましたが、これを打ち倒してワールドカップに優勝するくらいの価値はありそうです。サッカーも同様でしょうし、テニスならウィンブルドン、ゴルフならセントアンドルーズの全英オープンの表彰台の真ん中に立つような唯一無二の感動を呼び起こします。
競馬の歴史にシッカリと刻まれたサンデーサイレンス系の壮挙を順に追うと、2008年にフランスに輸出されたディヴァインライトが輩出したナタゴラが英オークスで1000ギニーを勝ったことから物語は始まります。鞍上がフランス時代のクリストフ・ルメール騎手だったことも運命のイタズラだったのでしょうか。そしてその年に種牡馬デビューしたディープインパクトにバトンが引き継がれ、18年にサクソンウォリアーが2000ギニーを、21年はスノーフォールが16馬身と史上最大着差で圧勝。やって来た今年23年はホースマンなら誰もが憧れるダービーをオーギュストロダンが父ディープ譲りの強烈な瞬発力で〝翔んで〟見せました。全世界でたった12頭しかいないラストクロップの1頭が成し遂げた偉業には言葉もありません。
そもそも元はと言えば、競走馬時代はG1どころか重賞勝ちすらなく、記憶に残るレースといえば、改修前の中京競馬場の短い直線で大外一気を差し切ったキングヘイローの2着に、内ラチ沿いを一杯に粘ったG1高松宮記念だけ。しかし幸運にも社台スタリオンステーションに拾われますが、1年目の種付け数3頭とまったく牝馬を集められない〝落第生〟でした。ところがサンデーサイレンス血統を注視していたフランスからオファーがあり、渡りに船で海を渡ることになります。そして彼の地で2年目に輩出したナタゴラという牝馬が、ニューマーケット遠征でG1チェヴァリーパークSで大金星を上げヨーロッパ2歳女王に輝きます。そして年明け、同じニューマーケットで行われる英クラシック第1弾・1000ギニーに挑みます。鞍上ルメール騎手との息もピッタリに軽快なスピードで逃げ切り、競馬発祥の地にサンデーサイレンス系の最初の勝利を刻み込みました。その後は、牡馬相手の仏ダービー3着、古馬相手のロートシルト賞が歴史的名牝ゴルディコヴァの3着、マイル頂上戦ジャックルマロワ賞2着と勝ち切れませんでしたが、高い能力の片鱗を示しました。フランスを中心にヨーロッパ各地で、サンデーサイレンス系への評価に火がつきイギリス、アイルランド、イタリアなどに活躍の場を広げていきます。〝落第生〟が〝期待の星〟に鮮やかな変身を遂げたのです。その後のディヴァインライトは乞われてトルコに移籍、同地では4世代しか残せず死没していますが、産駒たちが驚異的な勝ち上がり率をマークし、サンデーサイレンス系への信頼を深めるとともに、スマートロビンやヴィクトワールピサなど多くの後輩に同国でのスタッドインの道を開いています。
ナタゴラの印象が強烈だったこともあり、フランスでのサンデーサイレンス人気は衰えを知らず、とくに最高傑作ディープインパクトが種牡馬入りするや、初年度からフランスを代表する大オーナーブーリーダーである名家ウィルデンシュタイン一族、ヴェルテメール兄弟などが、選りすぐりの名牝を日本に送り込んで来るほどでした。その結果はすぐに現れ、2世代目からクラシックの仏1000ギニーを勝ったウィルデンシュテイン家所有のビューティーパーラーが出現します。その6年後には名門ニアルカスファミリー所有のスタディオブマンが仏ダービー制覇するのですから、サンデーサイレンス系への熱視線は一過性では終わりません。この頃から世界最大級の馬主組織クールモアも、ディープインパクトを不動の中心に日本の魅力あふれる種牡馬群との配合実験に本腰を入れるようになります。クールモアは伝統的にノーザンダンサーの血で固められた王国として比類ない成功を手に入れて来ました。ノーザンダンサー直仔サドラーズウェルズと母父にノーザンダンサー系の血を持つ牝馬を配合する、そのシンプルな〝法則〟を頑なに貫きリーディングサイアーの座を13年間にわたって独占します。サドラーズウェルズの後継ガリレオも頑固なまでの〝ノーザンダンサー志向〟は同様で、代表例の母父デインヒルとの配合から稀代の怪物フランケルなど数々の傑出馬を生み出しています。
ところが近年のヨーロッパではノーザンダンサーの血が煮詰まって来ている状況に直面しており、ノーザンダンサーの血を一滴も持たないサンデーサイレンスを祖とする血脈は、希少なアウトブリード血統として重宝され始めており、今後も当分の間は需要が続くと思われます。オーギュストロダン、コンティニュアス、いずれもガリレオ牝馬との交配から誕生しています。血統的にも飛び抜けて優秀で、競走馬としても傑出した存在の多いガリレオ牝馬と相性の良さは、種牡馬として何にも変え難い強力な切り札となるはずです。この顛末(てんまつ)は日本競馬と無縁の遠いヨーロッパの話に留まりません。日本では、逆にサンデーサイレンスの血が飽和状態に達しており、今〝究極のアウトサイダー血統〟と異端視されるヒムヤー系のダノンレジェンドが地方競馬を拠点にブレークしているのと良く似た現象でしょうか。なにしろ150年間も主流血統とは無縁なまま代を重ねてダノンレジェンドで13代目になります。とくにサンデーサイレンス系牝馬との相性が良く、群を抜いた勝ち上がり率と重賞勝利数が光彩を放っています。今後、牝馬の質が上がっていくと、産駒の質も飛躍的に向上しそうで目が離せません。ヨーロッパでは凱旋門賞連覇のエネイブルのようなサドラーズウェルズ3X2とか、日本でもサンデーサイレンス3X4または4X3のような近親配合が当たり前になって来ていますが、ちょっと先を考えればアウトクロス配合の大きな波が押し寄せるのは必然で、サンデーサイレンス系による英5大クラシック完全制覇は、その到来を告げる魁(さきがけ)なのかもしれません。