2023.08.01

グロリアス・グッドウッド

毎年7月下旬から8月初旬の火曜から土曜までの5日間、グッドウッド競馬場を舞台に「グロリアス・グッドウッド」開催が行われます。丘の中腹に切り拓かれた美しい競馬場は、エリザベス2世女王に勝るとも劣らない〝競馬愛〟で高名なエドワード7世が、競馬を通して知友と親しく交わり、人生の楽しみや歓びを深めていく洗練された光景を「競馬で彩られた園遊会」と表現し、グロリアスな(輝かしい栄光に満ちた)5日間であると賞賛したと伝えられます。日本のファンにとっては、コロナ前の19年からコロナ禍の真っ最中だった20年まで、2シーズンに渡ってドバイ、香港、ヨーロッパと世界を転戦したディアドラが、輝かしいG1勝利を飾ったのも、この競馬場のこの開催だったことが思い起こされます。

今年は日本時間で今夜半に初日が開幕します。G1グッドウッドカップ3200mがメインレースに組まれています。かつてはロイヤルアスコットのゴールドカップ4000m、ドンカスターのドンカスターカップ3400mとともに「長距離三冠」を謳われトップクラスの国民的人気を誇るビッグレースでしたが、長距離路線の凋落とともに存在感を希薄化させていました。しかしイギリス競馬界を挙げての長距離路線復興戦略の一環として、グッドウッドカップがG1に格上げされ、同時にグッドウッドカップを含むゴールドカップなど指定レースシリーズのチャンピオンに100万ポンドのボーナスを贈る「ステイヤーズ・ミリオン」が発足したのが17年のことでした。賞金の安いイギリスでは1着賞金100万ポンドを超えるレースは、数えるのに片手で足りるほどです。為替レートが180円を越した現在でもそうですから、150円に届くかどうかの当時なら、なおさらです。単なるG1昇格で終わらず、周辺レースにスポットライトを当て、カテゴリー全体の底上げを目指す100万ポンドボーナスなどの投資は相当に思い切ったものと感心させられました。競馬の母国イギリスのホースマンを奮い立たせた伝統復興への熱い思いは、牧場、厩舎などのホースマンに想像を超えてしっかりと伝わったようです。グッドウッドカップG1昇格のその年、ストラディヴァリウスという怪物が登場します。目立たない小柄なシーザスターズ産駒は、馬格のハンデを補って余りあるスピードとスタミナを競馬場で全開させました。強敵はグッドウッドカップ2連覇中で、前走はそれまで唯一のマラソンG1だったゴールドカップをカップを勝って、天下統一の野心を燃やすビッグオレンジでしたが、この若馬が天下獲りの第1歩を印すことになります。その後6シーズンにも及ぶグロリアス・ロード」が「グロリアス・グッドウッド」からスタートしたことになります。

ストラディヴァリウスと世界に唯一無二の名器にあやかった馬名をもらったサラブレッドは、細身の筐体から至高の音を奏でるヴァイオリンのように、小柄でも無駄のない伸びやかなフットワークでターフを走り抜き、グッドウッドカップ4連覇、ゴールドカップ3連覇などマラソンレースで連戦連勝を続け、2年連続でステイヤーズ・ミリオンでチャンピオンに輝いています。19年には伝統の「長距離三冠」を制して、現代にも真のステイヤーが生き続けていたことを証明しました。この”蘇ったマラソンヒーロー”が、成し得なかったことがあるとすれば世界制覇でしょうか?世界で広く認められているマラソンレースの格付け番付を眺めると、フランスのカドラン賞はゴールドカップと同じ4000mで、ヨーロッパ双璧でしょう。オーストラリアのメルボルンカップ3200mがハンデキャップレースという点は割引きでしょうが、歴史や伝統の面でも賞金的にも張り出し横綱クラスでしょうね。ハンデキャップ戦のため未格付けながら、ヨーク開催のイボアハンデも人気の高いレースです。日本の天皇賞(春)も、馬場の問題を除けば、レースの質的にも賞金的にも十分にワールドクラスに達しているでしょうね。ストラディヴァリウス級になると、ハンデ戦はとんでもない斤量を背負わされそうで無理でしょうし、日本遠征は今はまだ現実的でないかもしれませんが、フランスはチャレンジの価値がありそうです。

ストラディヴァリウス自身、晩年にドーバー海峡を渡っていますが、本来の力が衰えはじめていたのか、同じイギリスからの遠征馬トゥルーシャンに完敗を喫しています。昨年、ストラディヴァリウス後継として売り出したガリレオ“晩年の大物〟キプリオスは、ゴールドカップ、グッドウッドカップ、愛セントレジャーとマラソンG1を3連勝した勢いでパリロンシャンに乗り込み、凱旋門賞前日のG1カドラン賞で2着以下を20馬身の超大差にぶっちぎって全欧の統一チャンピオンに君臨、ストラディヴァリウスも果たせなかった夢を実現しました。ホースマンのマラソンカテゴリー復興の夢をストラディヴァリウスが大きく前進させ、キプリオスがバトンを受け継いだわけですが、今季はそのキプリオスが感染症で休養中、今夜のグッドウッドカップは第3のリーダーを争う場となりそうです。デビュー3連勝で才能を高く評価されている若武者グレゴリーは、3歳馬だけクラシックの英セントレジャーに向います。ここは同じジョン・ゴスデン厩舎のクラージュモナミに任せて使い分けとなります。クラージュモナミは前走のゴールドカップでいきなり頂上に上り詰めたフランケル産駒で、レジェンド騎手ランフランコ・デットーリに最後のロイヤルアスコットの花道を飾ったのは立派でした。インにジッと身を潜めて、直線で鋭く抜け出してくる姿は、ストラディヴァリウスを彷彿とさせ感慨深いものがありました。今夜の一番が楽しみです。