2023.07.21

王道の真ん中を歩むストームキャット系の物語

いきなりデビュー戦から高い評価をもらった2歳馬ルージュスタニングを生んだ父イントゥミスチーフは、競馬大国アメリカで4年連続でリーディング王者に君臨しているストームキャット系の第一人者として知られますが、日本でダート血統と思われていたストームキャット系ヘニーヒューズの産駒ゼルトザームが芝の函館2歳Sを押し切り、本来のダート戦も絶好調でJRA&NAR総合の2歳リーディングサイアーでランキングトップに踊り出して驚かせました。それに留まらず、産駒であるアジアエクスプレスの仔たちも相変わらず堅実に走り、新種牡馬モーニンも圧倒的な勝ち上がり頭数は驚異!ファミリー総出で大ブレーク中の案配です。

一方、海の向こうでは休火山のように眠っていた“超大物”の突然の噴火が話題を呼んでいます。日本でもセレクトセールで億越えを出すなど評価の高いストームキャット系のジャスティファイがその馬です。ご存じのようにボブ・バファート調教師が37年ぶりの三冠馬アメリカンファラオの、わずか3年後に輩出した無敗の三冠馬で、負け知らずの段階で既に先達を超えたと高く評価された名馬です。引退後は良血牝馬を山のように所有するクールモアに引き取られ、将来の成功は疑いなしと誰もが太鼓判を押した気分でした。しかし競馬のことは、何事につけ確定ランプが点らないと分からないものです。ジャスティファイの場合も、期待が大き過ぎたせいもあり、勝っても勝っても評価が高まらない状況が続きます。単なる重賞勝ちでは満足してもらえません。G1を勝って、やっと一丁前の雰囲気です。

そもそも、育ての親ボブ・バファート調教師が“薬物投与疑惑”を問い糺(ただ)され、ケンタッキーダービーの聖地であるチャーチルダウン競馬場をはじめ、三冠関連の主要開催地ニューヨーク州などで長期間の出走停止処分を受けるなど四面楚歌の状況に苦しんでいたのが発端だったかもしれません。しかし“さすが”というべきか、処分が解けた今年6月のニューヨーク・ベルモントパーク競馬場(チャーチルダウンズは来年まで処分延長)、三冠最終関門ベルモントSのアンダーカード(前座レース)として組まれたG1・ウッディスティーヴンスSを産駒のアラビアンライオンで快勝し、遂にジャスティファイに世界最初のG1勝利をプレゼントしています。無敗の三冠馬という、これ以上はない無上の歓喜を届けてくれた愛馬へのあふれる想いが、感謝という形で零(こぼ)れ落ちました。

これで憑(つ)きものが落ちたのでしょうか。1ヶ月後の同じベルモントパークの芝牝馬三冠第1戦であるG1・ベルモントオークスを舞台に、今度はアイルランド遠征馬のアスペングローヴが両眼を開ける勝利を飾ります。鞍上のオイシン・マーフィー騎手の歓びのガッツポーズが、アメリカ生まれのアメリカ育ちでアメリカ繋養のサイアーであろうと、適性はむしろ芝にあり主戦舞台はヨーロッパと物語っているようです。少し遅過ぎましたが、ようやくヒーローが、その輝くべき本来のステージに戻ってきました。ところが、これで終わらないのが“超大物”と畏敬される由縁。デビューし始めた第2世代のデキが素晴らしいと風の便りが伝えてきます。先週はフランス・ドーヴィルのG2・ローベルパパン賞をラマテュエルという馬が強い勝ち方をしています。騎手として名牝ミエスクの背中にあり、調教師としてG1勝利数ヨーロッパ記録を打ち立てた女帝ゴルディコヴァや孤高の名馬ソロウを育てたフレディ・ヘッド師の後継クリストファー・ヘッド調教師が手掛けています。マイラーづくりにかけては世界有数の手練(てだれ)一族、ギニー戦線では目が離せない1頭になりそうです。

さらにイギリスでは、とんでもない傑物が脚光を浴びています。現役時代からジャスティファイの天賦の才に目を付けていたクールモアが、傘下のアメリカ拠点・アシュフォードスタッドで繋養し、G1・フィリーズマイルを勝ったトゥゲザーフォーエヴァー(父ガリレオ)を送り込んで生まれたのがスティオブトロイでした。母の全妹フォーエヴァートゥゲザーは英オークスを勝ち、愛オークスを2着している筋金入りのクラシック血統です。今月1日にカラでデビュー勝ちしたばかりの馬ですが、持って生まれた才能は隠そうにも隠せず、先週ニューマーケットのG2・スーパーレイティヴSも強靭な末脚で6馬身半と絶対的な差にちぎって圧勝しました。ブックメーカー各社はこぞって、クラシック前売りで2000ギニー、ダービーともに抜けた1番人気に推し上げています。母系から、またレースぶりからも距離は十分に持ちそうです。エイダン・オブライエン師の悲願、先代ヴィンセント・オブライエン師とニジンスキー以来の三冠達成の夢に向かうのでしょうか?月に行くのが早いか?ニジンスキーに並ぶのが早いか?どうやら人類が抱く夢のひとつになったようです。