2023.07.14
オーギュストロダンをめぐる四方山話
IFHA(国際競馬統轄機関連盟)から「ロンジン・ワールドベストレースホース・ランキング」の最新版が発表されました。北半球ではシーズンのちょうど半ば、日本でいえば宝塚記念、ヨーロッパはエクリプスSで3歳と古馬の混合戦が始まり、いよいよ世代を超越した真の最強馬決定シリーズが幕を切って落としますが、ランキング自体に前回から大きな変動は見られません。レーティング世界一の座に就いたイクイノックスは、逃げ切ったドバイシーマクラシックとは真逆の後方強襲で宝塚記念を差し切り、世界No.1ホースの矜持(プライド)を日本の競馬ファンの眼前で披露しました。レーティング129ポンドは変わらず世界の頂点を示しています。イクイノックスを追う立場としては、前回は複数のカテゴリーから個性豊かな「香港馬軍団」が推挙され、今回も“マイル無双”ゴールデンシックスティを大将格に、スプリントで安定度を増すラッキースワイニーズ、中距離で成長著しいロマンティックウォリアー、カルフォニアスパングルと相変わらずひと塊となって上位を形成していますが、前回から変化したのは2位の座にロイヤルアスコットのG1・プリンスオブウェールズSで強敵相手に4馬身突き抜ける圧勝を飾ったモスターダフが飛び込んできた点でしょうか。素質の高さが噂を呼んでいた秘密兵器ですが、これまでG1レースでは出番がなかった馬。それがクールモアのエース格ルクセンブルクやゴドルフィンのダービー馬アダイヤーをまとめて子供扱いにしたのですから驚かせられました。シーマクラシックではイクイノックスから6馬身近く遅れて4着で入線しています。まさにロイヤルアスコットは昇龍の勢いを爆発させた大器覚醒の一番でした。イクイノックスとは1ポンド差の128ポンドは非常に高い評価です。
それに続いたのが前述のゴールデンシックスティ、ラッキースワイニーズの香港勢にピタリと並ぶ125ポンドで同斤3位に食い込んだのが世界の名門エイダン・オブライエン厩舎のパディントンです。ほとんど無名に近い存在だったのですが、クラシックの愛2000ギニーで金星を上げると、ロイヤルアスコットのマイル欧州世代頂上戦セントジェームズパレスSを連勝すると、2000mに距離を延ばしてシーズン最初の古馬混合戦エクリプスSに挑戦し、G1連勝中で女傑の名をほしいままにするエミリーアップジョンとの一騎打ちに持ち込むと、エミリーが豪脚を繰り出して、追っても追いつけない強靭至高のコンプリート(完全無欠)な末脚で振り切って先頭でゴールに飛び込みます。デビュー戦で不覚を取った以外は無傷の連勝街道を驀進しており、少し気が早いでしょうが「年度代表馬」という欧州最強馬に捧げられる栄誉の称号の恵贈すら囁かれ初めています。
エクリプスSは“年度代表馬の揺りかご”としても有名で、歴史に蹄跡を残す名馬たちがここから飛び立っています。年度代表馬の選出母体であるカルティエ賞の創設自体が91年で、まだ30年ほどの記録しかありません。しかし今世紀以降は、ジャイアンツコーズウェイ、ロックオブジブラルタル、シーザスターズなどのスターホースが、3歳時にエクリプスSを足掛かりにビッグレース狩りを重ねて年度代表馬にたどり着いています。特に近5年はロアリングライオン、エネイブル、ガイヤース、セントマークスバシリカの4頭がエクリプスSから年度代表馬への直行便でした。3歳時を故障で棒に振ったガイヤース以外はすべて3歳時の受賞というのも際立った特徴です。名伯楽オブライエン師はパディントンの次走にグッドウッドのマイル頂上決戦・サセックスSを想定しているようです。中長距離路線にはステーブルメイトのディープインパクト最終世代オーギュストロダンがおり、この使い分けは仕方がありません。マイルにこだわるのは師とロックオブジブラルタルが歩んだのと同じ道です。どんな境地まで進めるのか、そうしたサラブレッドの生き様にも心が惹かれます。
では、他の3歳勢のレーティング事情はどうなっているのでしょうか?パディントンに次ぐ評価を得たのは、英愛両ダービー制覇のオーギュストロダンではなく、仏ダービーでスケールの大きな競馬を見せたエースインパクトという馬でした。パディントン125ポンドに対して123ポンドです。ここまで4戦4勝の負け知らずで、全く底を見せていません。レーティング以上に奥が深そうな気もします。大レースに強いジャン-クロード・ルジェ厩舎、主戦がクリスチャン・デムーロなのも安心感があります。父クラックスマンは怪物フランケルの初年度産駒でフランケル初期の最高傑作ですが、不幸なことに同じジョン・ゴスデン厩舎の同期に凱旋門賞連覇のエネイブル、グッドウッドC4連覇、ゴールドC3連覇などのマラソン距離の鬼ストラディヴァリウスがおり、鞍上ランフランコ・デットーリもモロ被りでレース選択に悩まされた気の毒な馬でした。ちょっとパディントンとオーギュストロダンの関係が頭の片隅をよぎりますが、その“ラストディープインパクト”は122ポンド、全体で10位タイの順位となり、ちょっとガッカリな感じもします。英2000ギニーで大敗したイメージの悪さも響いているのでしょうが、それにしても渋めなジャッジですね。