2023.06.13

種牡馬価値向上をめざすモーリスの大冒険

6月の声を聞いた途端に、種牡馬モーリスの界隈が賑やかさを増しています。先週のシュトラウスが打ち上げた9馬身ぶっちぎりの号砲を合図に、今週は有力馬目白押しで固め打ちを予感させる豪華ラインナップが眩しいほどでした。全部が全部とは行きませんが、勝つべき馬が順当に勝ち上がり、終わってみれば2歳リーディングサイアーのトップに躍り出ていました。まだ始まったばかりですが、この時期の新馬戦がクラシック戦線に大きな影響力を及ぼすようになっているのは、ご存じの通りです。5月最終週のダービーを見届けて6月第1週から新馬戦をスタートさせる、いわゆる「ダービーからダービーへ」という番組編成の基本コンセプトが打ち出されたのが2012年のことでした。
翌13年には6月1日土曜日の阪神新馬戦を勝ち上がった一番星レッドリヴェールが無敗で阪神ジュベナイルフィリーズを制覇し最優秀2歳牝馬に輝き、たっぷり時間を置いた次走のクラシック第1弾・桜花賞でクビ差の2着に健闘しました。400㌔そこそこの細身の牝馬でも、早めに権利を確定させ、懇切丁寧な仕上げを施す余裕があれば、強敵難敵揃いのクラシックでも好勝負できることを証明してくれました。リヴェールの新馬戦の翌日、東京でデビューを飾ったイスラボニータは皐月賞を勝ちダービーは2着と「ダービーからダービーへ」の黄金方程式を確立します。このあたりからクラシックを目指すのならば「先手必勝!」、早い時期に賞金を積み上げるなど出走権を手中に収めて、ジックリ調整しながら本番を迎えるのが新たな「王道」として広く認知されるようになりました。

ライバルのエピファネイア、キタサンブラック、ドゥラメンテなどが、次々とクラシックの栄光に輝くのを横目で睨みながら、天才馬モーリスも、そろそろクラシックを戴冠しても良い頃です。しかしモーリス自身、本格化したのは4歳時と絵に描いたような「晩成の大器」だったのですが、産駒も少なからず奥手の馬が多く、ここまでクラシックとは無縁なままでした。新馬戦開始が前倒しされたことで、クラシック出走のボーダーラインが上がり、ノンビリと秋から始動していたのでは出走圏に届かないのも理由の一つです。かと言って、早めに仕上げて、機会を逃さずレースを使えば良いというものでもないでしょう。サラブレッドの成長って複雑神秘な世界の出来事で、仕上げ一つにしても口で言うほど単純なものじゃありません。しかし、こんな実例もあります。今年の仏ダービーを圧勝して、凱旋門賞オッズではディープインパクトのオーギュストロダンとともに1番人気に推されているエースインパクトという馬がいます。日本に輸入された名牝ラクレソニエールやアヴニールセルタン、凱旋門賞馬ソットサスなどを輩出している名門ジャン-クロード・ルジェ厩舎の所属です。フランスは各地に個性的な番組編成でファンを楽しませる多様な競馬場が点在しますが、ルジェ調教師は南仏のスペイン国境近くの片田舎に拠点を置き、そうしたローカルレースを使いながら力を付けさせ、やがてロンシャンやシャンティイといった華やかな舞台へ乗り込ませます。こうした手法で名伯楽が居並ぶ多士済々のフランス競馬界で第一人者に君臨するのはご承知の通りです。日本でも地方競馬との交流がもっと自由に、さらに多様になれば、こうした無理のない階段の上り方が可能になるはずです。

ご存じのようにモーリスは、春の繁殖シーズンを終えると取るものも取り敢えず飛行機に乗り込み、南半球オーストラリアにシャトルへと旅立ちます。コロナ禍で移動禁止だった20年以外は毎年のルーティンに定着しています。それほど需要が高く、人気も抜群のようです。
シーズンの立ち上がりが半年遅い南半球は、温暖で日照時間も長くサラブレッドの成長に最良の環境を備えています。奥手のモーリスの血も北半球以上に活気づくんでしょうか。産駒のデキも上々です。初期の代表産駒ヒトツは、メルボルン地区のオーストラリアンギニーとヴィクトリアダービー、シドニー地区のオーストラリアンダービーとオーストラリアを代表するクラシックレースで変則三冠を連戦連勝しています。環境が整えば、本来の力が発揮できるはずです。今年の、異例に早い立ち上がりがクラシック戦線の台風の眼となるのか、大注目して行きたいと思います。