2023.06.01

全世代クラシック制覇の夢へ翔び立つディープ最終世代の挑戦

6月第1土曜はエプソム競馬場で伝統にダービーが行われます。母国日本のクラシックでは、今のところ出番らしい出番もなく終わっているディープインパクト血統ですが、母国の仇は欧州でということでもないでしょうが、見どころ満載の各国ダービーシリーズの幕が開きます。ディープインパクトはここまで数々の記録を打ち立てて来ましたが、目下の大注目は「全世代クラシック制覇」です。初年度産駒マルセリーナの桜花賞から、昨年アスクビクターモアの菊花賞まで、海外も含めると1世代のカケもなくクラシックレースを勝ち続けて来ました。「全世代G1制覇」の方は、昨年にオーギュストロダンがG1フューチュリティトロフィーを圧勝して、早々とピースを埋め尽くしコンプリートな勇姿を完成させています。

さて、そのディープインパクト最終世代の総大将オーギュストロダンですが、三冠最初の2000ギニーで思いがけず躓いて、いったん凋落した人気も本番が近づくにつれ回復し、どうやら1番人気で晴れの日を迎えそうです。ファンも想像しなかった敗戦ショックから立ち直るのに時間がかかりましたが、ギニー当日はチャールズ国王の戴冠式と重なったため、警備の関係上で当日輸送は自粛され、馬にもスタッフにも経験のない前日輸送で三冠第1関門に臨むことになりました。70年ぶりのセレモニーでしたから、これに口は挟めません。エイダン・オブライエン厩舎は1番人気のオーギュストロダンに加えて、2歳時にG1フェニックスSを圧勝してダントツのレイティングを贈られたリトルビッグベアが3番人気、ともに有力視されていました。しかしレースで起きたのは、隣枠に入った両馬がスタートで馬体を互いに衝突させ、そのショックが堪えたのか、道中も後方のまま動けず見せ場もないまま、オーギュストがゴール前でバテた馬を交わしただけの14頭立て12着、リトルビッグは後のない最下位に惨敗しています。

しかし頭を冷やして、その後の推移を眺めると、得意距離の1200mに戻した先日のヘイドック・G2サンディレーンSではランフランコ・デットーリを鞍上に快勝。「ニューマーケットの悪夢」が一過性のアクシデントの重なりによるものだったことを紐解きました。1200m戦の世代チャンピオン戦、ロイヤルアスコットのG1コモンウェルスCの本命候補として信頼を取り戻したリトルビッグベアには、スプリンターとしての輝かしい将来が約束されているようです。また、かつてオブライエン厩舎で主戦の座を張ったジョニー・ムルタ騎手は、アスコットゴールドCで空前絶後の4連覇に挑戦するイェーツとともに、叩き台の前走で30馬身以上も離されて着外に大敗しました。しかしジョニーとイェーツはロイヤルアスコットを自信満々、何事もなかったように快勝して歴史に残る金字塔を打ち立てます。ジョニーは調教師に転じた現在はアガ・カーン殿下の専属トレーナーとして凄腕を振るっており、イェーツは無尽蔵のスタミナを産駒に伝える障害種牡馬王として活躍しています。名馬や名手は理由なく負けることはなく、理由が分かれば必ずリベンジを果たし、不死鳥のような甦りドラマを繰り広げてくれます。

オブライエン師は、オーギュストの適性について1600mのギニーより2400mのダービーに遥かに大きな自信を語り続けて来ました。女王陛下のハイクレアから女傑ウインドインハーヘアを経て伝えられた重厚な母系血脈は、異なるカテゴリーを超越して到達する三冠の栄誉こそが、似合っていると考えていたようです。敢えて2000ギニーに挑戦した理由がそこにありました。イギリスでは1970年のニジンスキー以来、絶えて久しく三冠馬が誕生していません。半世紀以上も前に、そのニジンスキーを調教したのは、他ならぬエイダン師自身の前代にクールモアグループの専属トレーナーだったヴィンセント・オブライエン調教師でした。名前は同じでも縁戚関係はないヴィンセント師は、エイダン師にとっては永遠の師匠であり、超えなければならない最強のライバルでした。ヴィンセントは才能豊かな若き後継者の愛馬と自分の栄誉が永遠に伝わるよう、三冠に「ニジンスキーの呪い」のオマジナイをかけたのようでしょうか。これからエイダン・オブライエンとオージュストロダンができることは、ダービーに勝ち、ニジンスキーも叶えられなかった凱旋門賞を先頭でゴールすることでしょう。

エイダン師がどこまで意識しているかは分かりませんが、エプソムダービー後も二の矢、三の矢を懐深く忍ばせています。エプソムの翌日にシャンティイ2100mで行われる仏ダービーにはディープ産駒は間に合わず、ハーツクライのコンティニュアスを遠征させます。ダービートライアルの最高峰G2ダンテSで3着同着でしたが、今季初戦を叩かれた上積みは大きいはずで、2歳時に重賞を勝っているフランスの馬場で一発が期待できそうです。ディープインパクト最終兵器はドラムロールという馬が務めます。サクソンウォリアーの全弟という血統で、前走のカラG3を進路妨害で繰り上がり優勝し、今月末の愛ダービーに照準を合わせています。その前のリステッドでは愛2000ギニーを完勝した僚馬パディントンと好勝負しています。楽しみな駒が最後まで残っていたことに、ディープの奥深さに改めて恐れ入るばかりです。全世代G1制覇の偉業をすでに成し遂げ、数少ないラストクロップで全世代クラシック制覇にチャレンジするディープインパクト血統が誇りに思えてならないダービーシーズンです。