2023.04.28

ジャパニーズ・コンテンツの底力【後】

東日本大震災の3週間後でした。被害の甚大さに呆然としていた日本人を勇気づけるかのように、ヴィクトワールピサとトランセンドがナドアルシバ時代のドバイワールドカップで見事にワンツーフィニッシュを決めてくれました。天晴れと言うほかありません。当時はオールウェザー(AW)馬場が持てはやされた時代で、アメリカのBCクラシックは2年間、ドバイも5年間は暫定的にAWコースで世界最高峰レースが開催されていました。ヴィクトワールピサの歴史的快挙は、震災に打ちひしがれていた日本人にとって何よりの朗報となり、永遠に忘れられない金字塔となっています。それでも日本のホースマンの胸には、いつかダートを舞台に頂上を極める誓いの炎が燃えていました。

20年はコロナ禍で開催中止となり、その後もレーシングカレンダー通りレースが開催されないなど、サラブレッドが実力通りに走れる環境が整わない日々が続きました。そんな苦境のさなかにチュウワウィザードが21年に2着、22年に3着と、オリンピックで言えば表彰台に上がる健闘を見せてくれました。イレギュラーな状況下であれ、ヴィクトワールピサの栄光再現に“あと一歩”のところまで来たのです。すぐそこに向こう岸が見えているのに、横たわる“あと一歩”は深い闇に閉ざされていました。その闇を2頭の6歳馬が、それぞれ異なるレースで切り開いたのです。ドバイワールドカップから遡ること1か月ほど前、世界最高賞金レースとして名高いサウジカップでは、パンサラッサが注文通りに先手を奪って後続を完封。これまで芝の重賞路線で活躍し、昨年のドバイターフで同レース3連覇も記憶に新しいロードノースと同着で肩を並べたほどの馬です。ダートは3歳時に一度だけ挑戦して惨敗を喫しており、それ以来のレースがこの大一番となりましたが、全く物怖じすることなく自分の形に持ち込み、芝とダート双方で海外のG1レースを勝利するという快挙を成し遂げています。さらにもう1頭、5歳春まで一貫して芝を使われてきたウシュバテソーロが、ダートに転向して一気に覚醒。東京大賞典と川崎記念を快勝した勢いそのままに、ドバイワールドカップで国内外の強豪を一蹴して瞬く間に頂点へと駆け上がりました。熟成し続けたポテンシャルを蓄えに蓄えて、異国の地のダートで大爆発させた2頭。時間が掛かれば掛かるほど破壊力は増すようです。

考えてみればダート競馬の創生期、交流重賞の創設などダート番組が革新・整備され始めた前世紀末から今世紀初頭にかけて、ダート新時代を切り拓いてきたのは、芝のレースで早くから飛び抜けたポテンシャルを証明してきたサラブレッドでした。ダートにおいて偉大なサンデーサイレンス血脈を確立したゴールドアリュールは3歳時に日本ダービーに挑戦し、タニノギムレット、シンボリクリスエスにアタマ+アタマ+クビの小差に食い下がっています。もう少し切れ味があれば突き抜けていたかもしれません。既に種牡馬としてはJRA通算1000勝の大台に到達し、地方リーディングサイアーのエスポワールシチーなどを輩出してゴールドアリュール系を確立しています。その日本ダービーでアリュールに続く6着に食い込んだのがアドマイヤドン。3戦3勝でG1・朝日杯フューチュリティSを制覇するなど、早くからクラシック候補として脚光を浴びました。後にG1・JBCクラシック3連覇などダートで大成しますが、産駒アルバートがステイヤーズSで3連覇を達成するなど芝で成功を収めています。惜しかったのはヴァーミリアンでしょうか。2歳時にG3・ラジオたんぱ杯2歳S(G1・ホープフルSの前身)を勝ってクラシック路線に乗りましたが、ディープインパクト世代でディープには歯が立たず、アドマイヤドン同様にJBCクラシック3連覇の偉業を成し遂げた一流馬です。貴重なエルコンドルパサーの血を引き、後継種牡馬として期待されたのですが受胎率が低く、惜しまれて引退しました。無事ならウシュバテソーロを輩出したオルフェーヴルのような個性豊かな異能派サイアーとして活躍したのではないでしょうか。惜しいというか、勿体なかったのはシーキングザダイヤです。若駒時代はG3・アーリントンC、G2・ニュージーランドトロフィーを連勝。マイラーとしての高い能力を期待されましたが、G1・NHKマイルCは不運にもキングカメハメハという怪物と出くわして惨敗し、ダート路線に転向します。しかしツキのなさは付いて回り、G1級のレースで惜しい勝負はするのですが、なぜか2着ばかり。Jpn1を含むG1級で2着が9回という当時の日本最高記録を樹立しました。種牡馬としても日本やアメリカなど転々として、最後はアルゼンチンに流れ着きます。しかし彼の地でリーディングに輝くなどブレイクし、活躍馬を多数送り出しました。素晴らしい逸材を海外に流出させてしまったのが悔やまれます。

秘められたポテンシャルの真実の姿は、本当に分からないものです。このポテンシャルを探し訪ねて見つけ出し、その才能を開花させ、爆発の点火を促すことがホースマンの役割ということなのでしょうか。「ダート番組大改革」が喫緊の課題とされていますが、もう一度、あのダート競馬創生時代の原点に戻って、ポテンシャルを起点とするサラブレッドの生き方、個々の適性のあり方などを真摯に模索することが求められているのかもしれません。