2023.04.20

北の新馬一番星

ホッカイドウ競馬が新シーズンへと船出しました。出帆を祝うドラの音のように「スーパーフレッシュチャレンジ」のファンファーレが鳴り響くと、競馬好きにはたまらない季節が、こちらに向かって蹄音を響かせながら疾走してきます。ネット販売を大黒柱とする馬券売上げの好調ぶりを反映してか、今年は1着賞金が500万円とドーンとグレードアップされました。昨年までは300万円でしたから、約1.7倍の大盤振る舞いです。南関東など一部地域を除けば、並クラスの重賞レースに見劣りしない高額賞金が実現したことになります。また、JRAとの比較では、今年6月にスタートする新馬戦の1着賞金が720万円に設定され、未勝利戦は550万円となっています。馬代金や預託料などのコストを考えれば、JRAにも負けず劣らずのレベルに達したと言えるかもしれません。今年の2歳馬たちは、この秋からはダート新路線でクラシック戦線に挑みます。1着賞金1億円と倍増される東京ダービーが好例ですが、中央と地方の壁がグーンと低くなり、個々の適性に見合った番組選択の幅が広がります。“新しい競馬”のスタートへの楽しみが膨らみます。

さて、今年の「スーパーフレッシュチャレンジ」で“一番星”に輝いたのは、“一枠一番”のクリスタライズでした。気合をみなぎらせてゲートを一番に飛び出すと、鞍上の井上俊彦騎手のアグレッシブな励ましを背に受けて、競りかけるライバルを次々と振り払い、直線では後続を突き放し、そのままゴールに飛び込みました。「速い!」とか「強い!」とかより、人馬の気迫がスタンドに伝わり、モニター画面を揺らせました。良い競馬でした。父ミッキーアイル、母クラリティーアイズ、母の父キングカメハメハという血統で、日高のサンバマウンテンファームの生産馬です。昨今、流行りのサンデーサイレンス4×3のクロス持ちで、中でもミッキーアイルのSSクロス馬は、重賞6勝というグレードハンターのメイケイエールなど活気のある馬が多いのは好感が持てます。

さらに魅力なのは、祖母ディマクコンダの半姉に桜花賞とNHKマイルCとG1連勝した名牝ラインクラフトが控える一本も二本も筋の通った良血ファミリーの一員である点でしょうか。ラインクラフトの凄さは、彼女が属した世代のとんでもないレベルの高さにあります。2002年生まれですから、牡馬にはディープインパクトが君臨しており、層の厚さならそれ以上の牝馬陣にはオークス馬シーザリオ、秋華賞馬エアメサイア、NHKで破ったデアリングハートは後に牝馬三冠を奪取するデアリングタクトの祖母となります。ご承知のようにシーザリオはエピファネイア、リオンディーズ、サートゥルナーリアの人気種牡馬三兄弟の母として日本競馬の屋台骨を支える名繁殖牝馬に成長しています。シーザリオ&ラインクラフトの名花二輪、この両方の手綱を執ったのが福永祐一騎手でした。甲乙つけ難い両馬が激突した桜花賞では、福永さんはラインクラフトの背で臨みました。理由は分かりません。朧げながらも伝わるのは、ラインクラフトがそれほどの馬だったということだけです。そして福永さんとクラフトはアタマ差だけシーザリオを退けて桜のゴールに飛び込みます。

しかし無念にも、彼女は放牧中の事故で急逝します。急性心不全だったそうです。4歳の夏の出来事でした。今年の「スーパーフレッシュチャレンジ」において、こうした名牝の面影を偲ぶことができたのは幸いでした。クリスタライズは偉大な大伯母の遺志を継ぐわけにはいかない牡馬であり、種牡馬への道は遥か彼方の向こうですが、1頭の競走馬を通じて、無数の物語に出会えるのは競馬場だからこその魅力です。こういう馬が増えていくことで、競馬の楽しみが広がり、深まっていきます。競馬の醍醐味は、新馬戦にこそあるのかもしれません。