2023.04.17

裏切られる愉しみ

馬券というテーブルの上では、“ああでもない・こうでもない”という心積りや、“あれや・これや”の思惑などを、いとも簡単に超えていく驚きのドラマが日々繰り返されています。昨日のクラシック三冠の第1関門・皐月賞のゴールの瞬間にも、そんな想いを抱かれた方は多かったんじゃないでしょうか。戦前から傑出馬不在の混戦模様というもっぱらの評判で、即席ラーメンのようなジャンクフードを想像して待っていたら、2分後に恭(うやうや)しくテーブル上に供されたのは、飛びっきり極上のディナーだったというオチです。しかし、それにしてもソールオリエンスの爆発的な末脚はお見事でした。想像を裏切られるというか、人知及ばず誰も想像できなかった結末を見せられると、馬券の当たり外れは別にして、人は感動するしかできない動物のようです。たまには、こういう愉(たの)しみも悪くないものです。

ご存じのようにソールオリエンスは、右回りだと京成杯や皐月賞で見られたように、スムーズに手前を替えるのに戸惑い、コーナーで大きく膨らんだりのアクシデントに悩まされています。それとは対照的に、左回りの東京コースはデビュー戦で披露したように、何の問題もなく真っ直ぐ走ってくれるようです。こうして見ると、今のところ皐月賞馬がダービーをも制して無敗の二冠馬に君臨するための課題は、まだ経験がないという意味において、2400mの距離だけでしょうか?
母スキアは英ダービーを5馬身差で圧勝したモティヴェーターの娘であり、祖母ライトクエストはその父クエストフォーフェイムがこれまた英ダービー馬、二代連続でダービー馬の栄光を浴して来ました。この血の強みは遺伝力の旺盛なことで、同じ母父モティヴェーターの血統構成を持つタイトルホルダー(父ドゥラメンテ)は2400mどころか、前走は2500mの日経賞を大楽勝して、次走は3200mの天皇賞(春)では大本命間違いなしのスーパー・ステイヤーとして横綱を張っています。距離不安などミジンもなさそうですが、もう少しモティヴェーターの周辺を探ってみましょうか。

モティヴェーターを世に出した父モンジューは2400m時代の仏ダービーを4馬身差、愛ダービーを5馬身差、そして日本調教馬エルコンドルパサーを差し切った凱旋門賞などなど、チャンピオンディスタンスである2400m武勇伝は天下無双!鬼の中の鬼として知られます。モティヴェーターの産駒トレヴは、オルフェーヴルを子供扱いにして凱旋門賞連覇を果たしています。距離適性を言えば、筋金入りの“2400m血統”と断言できそうです。グルリと周辺を探索して、本家本元に戻ります。父キタサンブラックはイクイノックスが2410mのドバイシーマクラシックを圧勝してレーティング世界一の王座に鎮座したように、またキタサン自身が2400mを超えるレースでは、2400mのジャパンCに始まって、2500mの有馬記念、3000mの菊花賞、3200mの天皇賞(春)2勝まで、これらのカテゴリーではG1に限っても5勝を挙げています。距離不安のカゲすら見つけられません。

さらに父の母ウインドインハーヘアを通じてハイクレアへと遡る王室生まれの王室育ち“ロイヤルサラブレッド”の血筋からは、無尽蔵のスタミナを授けられています。先週土曜のグランドナショナルを快勝したコーラックランブラーはウインドインハーヘアの孫にあたり、ディープインパクトとは叔父と甥の関係です。日本に舞台を移した中山グランドジャンプを大差で圧勝したイロゴトシはディープインパクトの父系孫筋にあたります。ハイクレア=ウインドインハーヘア牝系は、根っこに頑健なスタミナをたたえるロイヤルサラブレッドの血脈が流れ、代を重ねながら近代的なスピードと瞬発力を強化する構造を受け継いで来ました。ディープインパクトの偉業、そしてキタサンブラックの豊かな可能性を見聞きするににつけ、このロイヤルファミリーが完成の頂きに到達しつつあるのを感じさせられます。日高生まれで日高育ちのキタサンブラックが、どこまでの高みに辿り着くのか、競馬が一つのクライマックスに向かっている高揚感をヒシヒシと感じるこの頃です。