2023.04.04

スペシャリスト列伝

“一所懸命”という言葉があります。“一生懸命”という言い方もありますが、個人的には“一所”が気に入っています。一つの道に脇目も振らず集中して、そこで大業を成すことに専念するのは地味な上に大変な難しさだと思います。満開の桜に祝福されて、武豊騎手と息を合わせたジャックドールが、G1大阪杯を鮮やかに逃げ切りました。前半58秒9、後半58秒5と精密機械のようなラップを刻み、後続馬の脚をなし崩しに削り、華やかで素晴らしい追い込みの舞を演じたスターズオンアースとは、着差はハナでも安心して見ていられる確信の逃げ切りでした。これもデビュー以来、新馬戦から直近のG1大阪杯まで、そのすべてを2000mの距離を舞台に戦ってきた精進と研鑽の賜物だと思います。鍛えに鍛え、磨きに磨いた“名刀”が、業物本来の切れ味で悲願を掴み取りました。我慢強く頑固一徹なスペシャリストの道を歩ませることに徹して、ドールを育て上げて来た藤岡健一調教師はじめ陣営の皆さんの辛抱が花開きました。

話は変わりますが、無傷の3連勝でG1朝日杯フューチュリティSを制し、JRA賞の2歳チャンピオンに輝いたドルチェモアは“王道”クラシック路線ではなく、今週行われるG2ニュージーランドトロフィーからG1NHKマイルCへと、マイル路線に徹する道を選ぶようです。“三冠”とか“二階級もしくは三階級制覇”とか、とかく派手に複数のカテゴリーで強さを発揮することが持てはやされますが、一つの道に徹するスペシャリストの存在は、競馬を面白くしたり、味わい深いものにする上で非常に貴重に思えます。一見して地味に映るのですが、一流馬でありながら一つの道を究めたものだけが秘める輝きを奥深くに秘めています。しかしこの道を極めるのは並大抵ではありません。競走馬としての栄光や誇り、そして種牡馬としての期待価値を一段と高めるには、多くのカテゴリーで超一級の能力が求められるからです。

現在リーディングサイアーへの道を先頭で駆けているロードカナロアは、現役時に1200mで5つのG1を含む11勝と無双しました。香港では「龍王」の現地馬名で多くのファンに愛され、その圧倒的な強さは畏敬の念を寄せられていました。その龍王、さらなる価値向上を目指して安田記念でマイルG1を勝ち切るポテンシャルを証明、単なるスプリンターにとどまらない種牡馬としての可能性を広く世間に認めさせました。ジャックドールの父モーリスは、晩成の大器として有名でしたが、マイラーとして素質を開花させ、日本と香港のG1タイトルを総ナメ、アジアを制圧する絶対王者に君臨しています。しかし引退前には天皇賞(秋)、香港カップと中距離の頂上戦を連勝して、その種牡馬価値を大いに高めることに成功しました。

その後のモーリスは、ディープインパクト系後継馬を大量に導入して成果を出しているオーストラリアへシャトルされ、クラシック馬など大物産駒を次々と輩出して、非デインヒル系の旗頭とまで目されるほど大きな期待を集めています。このマーケットがある限り、ジャックドールの後継馬としての地位も安泰でしょうから、一意専心、中距離血統としての精度と質を高めることに励めそうです。スペシャリストならではの、味わい豊かな奥深い血統として磨き上げていくことでしょう。楽しみな馬が台頭して来たものです。