2023.03.31
神世代“ラスト・トゥエルブ”
シーズン開幕の足音が、すぐそこまで響いてきたアイルランドでのお話になります。一昨夜、首都ダブリン近郊のナヴァン競馬場1600mのメイドン(未出走未勝利)を舞台に、同じエイダン・オブライエン厩舎所属のディープインパクトとロードカナロアの産駒がデビュー戦で直接対決と相成りました。日本で言えばリーディングサイアー争いの1位と2位の両巨頭の激突というスリリングな構図です。しかもディープの仔であるドラムロールは母がメイビーですから、英2000ギニー馬サクソンウォリアーの全弟になります。カナロアの方はボールブリッジという馬名を持ち、母ハッピリーは牡馬相手にG1・ジャンリュックラガルデール賞をねじ伏せた女傑です。その兄は英愛の両2000ギニーなどG1を4勝のグレンイーグルス、姉妹に愛1000ギニー馬マーヴェラス、仏オークス馬ジョアンオブアークがいる華やかで煌(きら)びやかなクラシックファミリー出身。双方とも母父ガリレオとクールモア自慢の超良血馬ですね。レースはワンターンのマイルコースでおこなわれましたが、見た目にも重厚でタフな芝の上に、ダイナミックな起伏が連なる直線の坂は息が切れそうで並の難易度ではありません。“ザ・ヨーロッパ”そのものといった仕様ですね。このコースを日本生まれの血統が無事に走り切れるのか?素人目には、そんな不安が先に立ちます。しかし育成や調教といった人知、走るために生まれてきたサラブレッドの本能や身体能力は伊達ではありませんでした。野を越え・山を越え、そんな感じで1マイルを走り抜いた競走馬たちの先頭でディープ血統のドラムロールがゴールします。デビュー戦だけに粗っぽいレースぶりが残りますが、出遅れて最後方から徐々に差を詰めて、最後まで諦めずに底力を振り絞る根性は大したものです。今すぐクラシック云々は気が早いかもしれませんが、いずれ台頭してくる器だと思います。カナロアのボールブリッジは、ライアン・ムーアがこちらを選んだほどですから、今回はゴール寸前で疲れて失速しましたが、遠からず勝ち上がれる素質の持ち主でしょうね。こちらにも引き続き注目したいと思います。
ドラムロールもその一頭なのですが、ご存じのようにディープインパクトのラストクロップは、世界中を合わせても、わずか12頭しか競走馬登録されていません。“ラスト・トゥエルブ(最後の12頭)”、これですべてです。しかし、この12頭が凄まじいパフォーマンスを見せています。ここまでにデビューした馬は12頭中5頭と少し遅咲き傾向に出ているのですが、そのうち4頭が既に勝ち上がり、残る1頭も初戦クビ差2着と勝ち名乗りを上げるのは時間の問題です。ほぼパーフェクトなスタートを決めたのですが、それ以上に内容のハイレベルさが半端じゃありません。日本を含めて勝ち上がった3頭が、ここまで7勝を積み上げ、うち重賞は4戦3勝2着1回と考えられないアベレージを現実のものにしています。ディープインパクトの“ラスト・トゥエルブ”は、早くも“神世代”と呼べる高みに達しています。
その“神世代”を力強く牽引するのが、アイルランドの超名門エイダン・オブライエン厩舎が送り出したオーギュストロダンというサラブレッドです。G1を3勝した名牝ロードデンドロン(その父ガリレオ)を遥々日本まで送り込んでワンチャンスをモノにして誕生しています。母の全妹マジカルは、強豪牡馬を相手に回して英チャンピオンS、愛チャンピオンSなど最上級レースを含めてG1を7勝した女傑で、良血揃いのクールモア軍団にあっても指折りの名家の出です。デビュー戦こそは、ジックリ仕上げの育成方針もあり2着と取りこぼしましたが、2戦目で楽勝すると即ダービー1番人気に祭り上げられるほど素質を評価されます。以後もG2、そしてG1・フューチュリティトロフィーと無敵街道を走っています。オーギュストロダンはディープの良駒に特徴的な、滑らかで完歩が大きく、沈むような低い姿勢で綺麗な跳びをする馬なのだそうです。陣営は不良馬場だったフューチュリティトロフィーを回避する心積りだったそうです。ところが先々のための経験にと、試しに使ってみたら「何もかもが向いていなかったが、それでも勝った」と秘めるポテンシャルの底知れなさを絶賛しています。
ちなみにディープインパクトは生涯に13世代に渡って産駒を遺していますが、オーギュストロダンの勝利で「全世代G1勝利」の偉業を早々と成し遂げました。現在ブックメーカーのダービーオッズは、ただ1頭だけひと桁台と抜けた支持を集めています。この馬にオブライエン師は「英2000ギニーから始動して、それから距離を延ばしていくタイプ」とダービー、更にその先のセントレジャーまで三冠制覇の期待を託しているようです。ニジンスキーを最後に半世紀も成し遂げられていない「三冠」へのこだわりを諦めようとしません。クールモアの輝かしい歴史は、初代専属調教師のヴィンセント・オブライエン師がノーザンダンサー系の血にこだわって基礎を築き上げ、二代目エイダン・オブライエン師がノーザンダンサーからサドラーズウェルズ・ガリレオ父子へと繋いだ黄金の血脈で世界競馬を制圧するほどの成果を実現しました。そのガリレオ肌に配合する最有力の選択肢にディープインパクトがピックアップされ、代表産駒オーギュストロダンがヴィンセントの最高傑作であるノーザンダンサー産駒ニジンスキーの偉業に挑もうとしています。10年前にキャメロットで達成目前まで迫った経験を踏まえて、エイダンにとって「三冠」はどうしても超えなければならなかった壁なのかもしれません。“神世代”が、果たして“最強世代”へと成長を遂げるのか?ディープインパクトという馬は、亡くなった今でも競馬の立役者であり続けているようです。