2023.03.27

兄弟無双

WBC侍ジャパンのドラマを超える現実が世界中を沸かせたばかりですが、今度は日の丸サラブレッドが二度は不可能と考えられていた夢を、見事に再現してくれました。UAEダービーを好タイムで鮮やかに逃げ切ったデルマソトガケ、シーマクラシックで異次元の強さを世界の眼に焼き付けたイクイノックス、そしてワールドカップでは先行有利が定説のメイダンで最後方一気に追い込み突き抜けたウシュバテソーロの規格外の走りが、WBCの夢と重なり増幅されました。18年にアロゲートがスタート直後に他馬と接触して最後方に大きく取り残され、そこから持ち前のスピードにモノを言わせて追い上げ、ゴール前で抜け出した前例がありますが、ウシュバテソーロのように腹を括って直線の強襲だけに賭けて、稲妻のように駆け抜けた馬は過去にいません。馬も偉いし、川田将雅騎手の男意気あふれる手綱捌きは感動させられました。それにしてもオルフェーヴルの潜在能力というのは測りしれません。日本という枠組みの中で見れば、今日時点でのJRAリーディングサイアーのランキングではベストテンにも食い込めない15位に過ぎません。そこそこ頑張っている凡庸な種牡馬というイメージしか湧いて来ませんね。ご存じのようにオルフェーヴルは三冠馬として日本サラブレッドのテッペンに立ち、後に2年連続の凱旋門賞2着で世界の頂きにもっとも近づいた日本調教馬でした。その期待を背負って種牡馬入り、種付料は600万円からスタートしましたが、伝来の気難しさや気紛れさもあって伸び悩む産駒も多く、いったん300万円まで落ち込み、現在は350万円で小康状態を得ています。イクイノックスを輩出して、今季から1000万円の大台に乗ったキタサンブラックの勢いの前には影が薄い感じがしなくもありません。今回のウシュバテソーロの爆走が反撃のノロシとなってほしいものです。

父ステイゴールドから受け継がれている個性的なキャラクターを繋ぐ一族からは、全兄ドリームジャーニーの燻(いぶし)銀のような確かな存在感も忘れられません。弟の三冠達成の偉業を受けての種牡馬入りで、8歳時とそもそもスタートが遅かったのと、種付けが苦手というキャラクター、不運な怪我なども重なって産駒数が伸びず、ランキングを賑わせるような活躍とは無縁でした。種付ビジネスとしての旨みが薄いにも関わらず、日本生産界の総本山・社台スタリオンステーションから出されることもなく本当に大事にされて来ました。その気持ちが馬にも伝わったのでしょうか、数少ない産駒がそれなりの走りを見せて、熱心なファンを中心に注目を集めるようになります。しかし怪我で7頭しか種付けできなかった17年世代は、たった3頭しか生まれませんでした。その中からG2日経新春杯で59㌔を背負って快勝し天皇賞(春)へ名乗りを上げたヴェルトライゼンデのような馬が出てきるのですから凄い血統です。今年に入って準オープンからG3中山牝馬Sを連勝したスルーセブンシーズも、10頭を超える程度のわずかな同期と育った馬です。昨日のG1高松宮記念では8歳馬トゥラヴェスーラが、1枠1番の白帽が真っ黒になるほど泥田のようなインを猛進して3着に突っ込んで大穴の立役者に輝きました。驚くというより、ジーンと感動させられてしまうレベルです。

少数精鋭を絵に描いたようなドリームジャーニー軍団は、現在のところサイアーランキング27位の弾けようを見せています。種牡馬能力を測る指数の一つに「アーニング・インデックス」があります。出走全馬の平均獲得賞金額を「1.00」として、種牡馬毎の“稼ぎぶり”を指数化したものです。ちなみに現時点でリーディング1位のロードカナロアは「1.46」と高いレベルで安定しており、同2位のディープインパクトは「2.03」とやはり飛び抜けたアベレージを叩き出しています。これをドリームジャーニーで見ると、出走頭数がカナロアの285頭、ディープの163頭に比べて12頭と極端に少ないのが影響していますが、アーニング・インデックス自体は「5.93」と異次元の輝きを放っています。1頭当たりに平(なら)すと、ジャーニー産駒はカナロア産駒の4倍稼ぐということになります。これらは「机上の計算」かもしれませんが、順調に種牡馬生活をまっとうしていたら、そう思うと別のドリームジャーニーの姿が浮かび上がります。

「アーニング・インデックス」でハイレベルの指数を叩き出せるのは、高額賞金レースに強いからこそです。重賞レースを勝ちまくり、とくにG1に底力を振り絞る血統がアドバンテージを握っていると言えるでしょう。兄ドリームジャーニーがアーニング・インデックスで傑出した実績を誇るのに対して、弟オルフェーヴルは自身が滅多に誕生しない三冠馬に君臨したように、G1レースに強いことでは右に出る者がいません。初年度産駒ラッキーライラックの阪神ジュベナイルフィリーズに始まってドバイワールドカップまで、実に7年連続でG1を連続制覇中です。その中には、マルシュロレーヌのブリーダーズカップディスタフやドバイなどの正真正銘のワールドクラス頂上戦での大金星が煌めいているのですから、世界に誇れる偉業と胸を張れるでしょう。世界的には「ローカル重賞」の扱いになりますが、Jpn1など交流重賞での強さが際立っているのと、このところステイヤーとしてのブレイクが目覚ましく、“異能サイアー”としての評価がさらに高まっています。この兄弟、とりわけオルフェーヴルは世界に通用するポテンシャルと実績の持ち主であることは疑いなく、WBCの大谷選手同様に「日本の至宝」なのは間違いありません。時は春、種付けシーズン真っ盛りの今、さらに大きく羽ばたいてくれないでしょうか。