2023.03.15

種牡馬王への道

昨日ご紹介したようにJRA通算2700勝の大台に到達し、父サンデーサイレンスの不滅の2749勝へとカウントダウンを開始したディープインパクトは、現在までリーディングサイアーの王座を11年連続で独占しています。リーディングサイアーは産駒の獲得賞金の総計が一番多い種牡馬を顕彰する制度ですが、これにもお国柄が反映するようで王座への関門は一様ではありません。良く知られているのはフランスの場合で、凱旋門賞の賞金が飛び抜けて高い国だけに、凱旋門賞馬の父がチャンピオンサイアーに横滑りするのが普通になっています。競馬の母国イギリスは、ゴールデンウィークの2000ギニーに始まって秋のチャンピオンズシリーズで締めくくるまでをシーズンとされます。このシーズンの前後にも競馬は行われていますが、リーディングの集計はシーズン中だけが有効とされます。ちょっと日本人には理解しづらいのですが、これも歴史の産物であり伝統なのでしょう。

大西洋を超えてアメリカに渡ると所変わればルールも変わり、国内のみならず海外遠征の賞金も加算されます。世界のあちこちで高額賞金レースが続々と誕生している昨今のご時世では、思いもかけない意外性に富んだリーディングヒストリーが誕生したりもします。5年ほど前になりますが、亡くなって4年も経過した種牡馬アンブライドルズソングの遺児アロゲートが、当時世界最高の総賞金1200万ドル・1着700万ドルを高々と掲げて創設されたペガサスワールドCを年明け1月に快勝すると、3月に行われた総賞金1000万ドル・1着賞金600万ドルのドバイワールドCを連勝して、たった2レースだけで1300万ドルとリーディングトップに躍り出ます。ドバイで惜しくも2着に敗れた以外はG1ばかりを連戦連勝してBCクラシックの頂点を極めた名馬ガンランナーを擁するキャンディライドの追撃を振り切って、そのまま逃げ切ってしまいます。ビックリギョウテンのハプニングでした。アンブライドルズソングは優秀な競走馬であり、種牡馬としても非常に有能で母父としてディープインパクトとのニックス関係は有名ですが、チャンピオンベルトを巻いたのはこの年が生涯唯一でした。死んだ後にあっても、世界を動かせる競馬の奥の深さに感銘すら覚えます。話が変わるようですが、今年からジャパンCと有馬記念の1着賞金が5億円に増額され、国際的な高額賞金レースの仲間入りしますが、日本は全体的な賞金も高水準なため、仮にこの両レースを勝ったとしても、アンブライドルズソングのような“一発芸”は生まれにくい環境があります。ある意味、日本でリーディングサイアーの王座に就くのは、世界一ハードルが高いかもしれません。

ハイレベルな日本競馬でチャンピオンサイアーに上り詰めるには、いくつかのインデックス(指標)が想定されます。まず産駒数の絶対数がモノを言う環境を考えなければなりません。そして彼らが揃って健康でレース出走頭数が多く、さらに使い減りしない丈夫さを保ち続けて出走回数を積み上げて行くことも欠かせません。その上で、1頭1頭が賢く俊敏で勝ち上がり頭数が増え、結果として総勝利数が膨らんで行くことになります。日本のリーディングサイアー争いにおける近年のこれらインデックス(指標)の動向を眺めてみると、昨年は絶対優位に君臨していたディープインパクトの2歳産駒がヒトケタ頭数に落ち込んだこともあって、ロードカナロアに抜き去られています。その傾向は今年も変わりません。王者の条件が整いつつあるカナロアですが、3年連続2位に甘んじて来たのは、どこか足りないものがあるからでしょうか?これらのインデックス以外にも、王者にだけ求められる資質みたいなものが存在するのでしょうか?

昨年、2歳リーディングサイアーを巡る戦いは、2022年最後の2歳戦となった最終日のG1ホープフルSまでもつれ込みました。先行するエピファネイアと追いかけるドゥラメンテの熾烈な争いは、14番人気とノーマークだったドゥラエレーデが好位からハナだけ抜け出して凱歌を上げました。ドゥラメンテが賞金を積み上げエピファネイアを追い越しましたが、付加賞まで含めた獲得賞金の差は100万円を切っていました。着差に換算すれば、写真判定のハナ差決着みたいな僅差です。チャンピオンというのは、こうしたものなのでしょう。最後の最後で、重賞レースをモノにする勝負強さ、賞金が飛び抜けて高いが難敵揃いのG1を勝ち切る底力、そうした目には見えない神秘な力が働くのだと思います。カナロアがここまでディープに苦杯を飲まされて来たのは、ここらの微妙なパワーバランスかもしれません。しかしアーモンドアイのような飛び抜けたポテンシャルの主を送り出して来た血統です。配合というか、天の配剤ひとつでは大逆転劇を牽引する“怪物降臨”のドラマがあって驚けません。まだシーズンはスタートしたばかり、全部で24レースあるJRA G1も終わったのは1つだけです。勝負はこれからです。新旧入り乱れての、血と血の戦いにワクワクドキドキさせられるのは、これからが本番です。