2023.03.10
香港馬1-2-3の衝撃
世界の競馬運営組織を束ねるIFHA(国際競馬統轄機関連盟)が定期的に競走馬の格付けをおこなう「ワールド・サラブレッド・ランキング」の最新版が発表されました。年に5〜6回程度、節目節目のビッグレースの直後に公表されるお馴染みのレーティングです。一貫してスポンサードを続けるスイスの高級時計メーカー・ロンジンの長年の貢献に敬意を表して「ロンジン・ランキング」の別名で呼ばれることも多いのですが、サラブレッド個々の“強さ”や“品格”を数値化する物差しとして、回を重ねるごとに精度を高め、権威を増しています。
昨年はダートで破天荒な勝ちっぷりを満天下に披露したフライトラインが、その怪物ぶりに対して140ポンドと元祖怪物フランケルに並ぶ突き抜けたレーティングを獲得して歴史にその名を刻んでいます。このランキング、立場を変えてみれば、馬主さんや調教師さん、また牧場関係者などにとっては、レーティングはサラブレッド個々のブランド価値を数値化したものだとも言えます。彼らが種牡馬や繁殖牝馬として第2の道に踏み出したとき、種付料や仔馬のセール価格にも大きな影響を及ぼすことになります。
さて、今回発表された今年最初のランキングは、フライトラインの140ポンドにも驚かされましたが、衝撃度ではそれ以上だったかもしれません。1位が「香港の英雄」と崇められて久しいゴールデンシックスティの125ポンドでした。数字が低めに思えるのは、強い馬同士が強い競馬をして競い合うレースほど高く評価されるのがレーティング原理ですから、シーズン初頭はどうしても控えめな評価になりがちです。レースを使われるたびの“ノビシロ”を織り込んだ数字ですね。十分に立派だと思います。そして2位も香港調教馬のロマンティックウォリアーが123ポンドで続きました。香港三冠のうち二冠を制覇した若武者で、“ポスト・ゴールデン”の先頭に立っています。さらに世界3位はカリフォルニアスパングルの122ポンド。昨年暮れの香港マイルでゴールデンを撃破して、遂に“世代交代”かとファンをざわつかせた乱世の英雄です。世界ランキングの1-2-3が揃って香港調教馬というのは、正直なところ“吃驚仰天!(ビックリギョウテン)”でした。
香港競馬は、年初からコンスタントにG1レースを実施しており、この時期はシーズンオフとなるヨーロッパや芝G1のない日本などと比べると、レーティング機会そのものが多いのは有利に働くのは事実でしょう。このシステムのスポンサーであるロンジン社は、同時に古くから香港競馬の成長と発展に尽くした大スポンサーでもあり、“忖度”などとは無縁だとしても、IFHAに提供される情報の質量は圧倒的でしょう。いわば“インフルエンサー”として、ハンデキャッパーがジャッジしやすい背景を構築しているのは確か。こうした地道な努力は、言葉は悪いのですが案外とボディブローのように効いてくるのでしょうね。更に、ここが一番大事なのですが、香港馬の陣容が充実著しい近況から、高い評価を受けるだろうと予想していましたが、1-2-3と上位独占までは考えていませんでした。見事に1-2-3を成し遂げた“香港三勇士”以外にも、スプリンターのラッキースウィニーズがランクインしていますし、ガリレオ産駒のステイヤーであるロシアンエンペラーは複数のG1を勝っており、今季もカタールでローカルG1ながら古巣のエイダン・オブライエン厩舎の強豪たちを打倒する金星を飾っています。こうして眺めてみると、少なくとも現状では香港調教馬が世界最高のラインナップを誇っていると言えるかもしれません。
ご承知のように、香港は「馬産なき競馬大国」です。競走馬はアイルランドやオーストラリア、ニュージーランドなどから輸入されています。競馬の質を高めるには、優れたサラブレッドを買い入れなければなりません。潤沢な賞金制度の後押しがないと実現は難しい、安くない買い物です。日本の賞金が高額なのは有名ですが、香港も毎年のように増額されており、今年は通常のG1レースは総賞金1200万HKドル≒2億円強、1着賞金684万HKドル≒1.1億円強と負けていません。春と暮に開催される「香港国際競走」シリーズは、更に賞金が奮発されます。春のチャンピオンシップを争うG1クイーンエリザベス2世Cは総賞金が2500万HKドル≒4.2億円強、1着賞金は1425万HKドル≒2.4億円強ですから、世界から強豪が勇んで参戦する土壌は整っています。一説によれば、JRAがジャパンCや有馬記念など看板レースの1着賞金を5億円と大増額したのも、“ライバル香港”への強い意識が働いたという風聞もあるほどです。いずれにしろ香港競馬と日本競馬は、相違点と相似点をそれぞれに抱えながら切磋琢磨していくのでしょう。末長く素晴らしい関係を続けられたらと願うばかりです。