2023.02.27

新風わたる季節

週が明けたら、寒風に震え上がっていたこれまでがウソのように、穏やかな気候に列島全体が包み込まれて行くようです。吹く風にも清々しさが漂い、新しい季節の到来を実感させてくれます。昨今は、サウジアラビアから吹き寄せるジャパニーズ旋風の便りが、この季節の風物詩のようにファンを騒つかせています。寒い日本から年中でもっとも快適な2月のサウジアラビアへ移動すると、気温20℃前後、湿度30%程度のカラリと気分の良い首都リヤドの気候が人馬を歓迎してくれます。馬たちは代謝機能が活発化するからか、急速にコンディションが良くなり、フットワークにも軽快さと力強さが目に見えて増してくると言われます。日々馬が変わる、そんな驚きに帯同スタッフたちは目を丸くさせられるそうです。今年もパンサラッサが賞金世界一を巡って“世紀の大仕事”を成し遂げましたが、毎年の恒例となった“日の丸サラブレッド”の活躍も、実はこのあたりにも原動力の一端があるのかもしれません。寒い冬の間、もともと日本の一流馬たちは春に備えるのが常識でした。それがドバイやサウジをはじめ世界のレーシングカレンダーを、自分たちのスケジュール帳に取り込むことで、かつての常識が常識でなくなって来ました。ゴドルフィンの世界席巻も、寒いイギリス以外に快適なドバイに外厩を構えるようになって、急速に進みました。馬を強くするのは、やはり調教とレースの繰り返しなのでしょう。それを可能にするため、サラブレッドたちは世界を自由に往来するようになっています。

さて、季節の移り変わりは、日本の競馬場にも新しい風を運んでくれました。日曜の阪神、G3阪急杯は“スプリント決戦・春の陣”高松宮記念への前哨戦として親しまれています。今年はガリレオ後継の第一人者と世界が公認するフランケルの血を伝えるマイルG1馬のグレナディアガーズが、スプリンターとしての可能性を改めて問い掛け、広く天下に知らしめる一番としてここを選んできました。昨年は高松宮記念をフタケタ着順に大敗し、ロイヤルアスコット遠征のプラチナジュビリーSも思わぬ惨敗を喫していますが、朝日杯フューチュリティSをレコード勝ちしたスピードは一級品です。1番人気も当然だったでしょう。この大器に胸を借りる立場なのが、1勝クラスから3連勝で重賞挑戦権をもぎ取った上がり馬アグリです。

今春から日本での種牡馬生活をスタートさせる快速馬カラヴァッジオの父に先立って来日した輸入産駒です。カラヴァッジオは世界中から“羨望のスキャットダディ”直系の貴公子としてデビューから勢いのままに突っ走り、ロイヤルアスコットのG1コモンウェルスCでも強敵・難敵を撃破して無傷の6連勝を飾りました。エイダン・オブライエン調教師が心血を注いで鍛え上げた馬ですが、2歳時に4馬身差でG1フェニックスSを圧勝した後に「追い切りで時速45マイル≒72.4㌔を計時した。今までのバリードイルで一番速い馬です。今後も7ハロン≒1400mを超えるレースを使うつもりはない」と宣言しています。バリードイルとは、オブライエン師が統括する世界屈指の大馬主クールモアの調教基地であり、これまで400勝近いG1を積み重ねて来た名馬の殿堂たるクールモアの史上最速馬だと太鼓判を押しています。

アグリのレースぶりを見る限り、カラヴァッジオの良さをそっくり引き継ぎ、速すぎるがゆえに見た目には単調なワンペースに映るあたりまで瓜二つです。阪急杯を振り返ると、父ロードカナロア、母父マイネルラヴともにスプリンターズSの覇者という快速の血を受け継いだメイショウチタンが譲らずハナを主張してぶっ飛ばします。テンの3ハロンが33秒9は、重賞クラスでは並の速さですが、これを推定34秒1と1馬身くらいの差で楽々と2番手を追うのは簡単ではありません。直線に入るとアグリは、あっさり先頭を奪ってゴールへ直進するのですが、ゴール前はやや一杯気味になりヒヤッとさせられます。ところが、上がりタイムは前半とピタリ同じの34秒1。ちょっと驚きました。先述した「見た目にワンペース」に但し書きをつけねばならないことに気づきました。確かに「見た目」にも「計時上」も“ワンペース”であることに間違いないのですが、「高いレベルでの」それである事実を添え書きせねばなりません。エイダンが述懐する「クールモア史上最速」という称賛の底に流れているカラヴァッジオの本質が、ここに秘められていそうな気がします。カラヴァッジオはヨーロッパの重厚な芝をねじ伏せる重戦車型スピードというより、むしろ日本的な軽く伸びやかに飛ぶF1タイプのイメージでしょうか?先々への楽しみが膨らみます。この孝行息子アグリの活躍で、カラヴァッジオの株はさらに高騰するんでしょうね。最高のプロモーションになりました。こうした競馬場と生産地がダイレクトで繋がる光景は、この季節ならではかもしれません。明日は、春風に乗ってやって来た心弾む物語、イギリス生まれのテスコボーイが、日本に根づかせた内国産4代に達そうとするサクラユタカオー、サクラバクシンオー、そしてビッグシーザーのエピソードをたどってみたいと思います。