2023.02.16

SSバイアスの時代へ

エフフォーリアの引退が発表され、今日16日付で競走馬登録を抹消しました。既に繁殖シーズンが始まっていることから、早々にも社台スタリオンステーション入りして、種牡馬生活をスタートさせます。昨年から謎の(?)不振に見舞われましたが、それまではダービーでのハナ差2着の惜敗以外は、一点の非の打ちどころもない完全無欠な走りを見せてくれました。タイトルホルダーを破った皐月賞、三冠王者コントレイルと三階級制覇に挑むグレンアレグリアの野望を一太刀でまとめて斬り捨てた天皇賞(秋)、宝塚→有馬→宝塚から史上初グランプリ4連覇を狙ったクロノジェネシスを寄せ付けなかった(結果3着)有馬記念まで、すべてにおいて“チャンピオン・オブ・チャンピオンズ”(王者の中の王者)にふさわしい輝きに充ちたものでした。

次は種牡馬として新たな輝きを放つステージに立つわけですが、競走馬ライフ同様に乗り越えなければならない課題も少なくなさそうです。最初で最大の難関は、皮肉にも自らに素晴らしい競走能力をもたらしてくれた、素晴らしい血統そのものにあるのかもしれません。ご承知のようにエフフォーリアは、父エピファネイアの母である名牝シーザリオがスペシャルウィークを経由してサンデーサイレンスに遡り、母父ハーツクライを配合されていますから、SS(サンデーサイレンス)4X3のクロスを抱えて生まれています。ここ数年間というもの、ディープインパクトやキングカメハメハなど種牡馬界の巨匠クラスが相次いで亡くなり、後継を期待されるロードカナロアはキンカメ直仔であり、エピファネイア、モーリスはいずれもSSの血を抱えており、早逝しましたがドゥラメンテはキンカメ&ディープのダブル持ちです。カナロアを除く後継候補からは、産駒の多くがSSクロス馬として誕生しています。サラブレッド市場的には、売りやすいセールスポイントづくりが必要だったという切実な事情もあったのでしょう。そしてディープ&キンカメ・ロスの危機を乗り越えて、さまざまなSSクロス馬が目覚ましい活躍を見せています。この新風の先頭ランナー・エフフォーリアの貢献度の高さは“銅像もの”と言えそうです。“エフフォーリア効果”もあって、SSクロスは一世を風靡するような流行となりました。ただでさえ絶対的な主流を形成していたSSの血脈が、ますます勢力を拡大しています。そして現在、生産界で起きていることは「SSバイアス」と呼ばれる特異な現象です。

100年以上前に、名馬セントサイモンの“奇跡の血量”と持てはやされた3X4クロスがあふれかえって「セントサイモンの悲劇」と呼ばれる、競馬界存亡の危機に襲われたことがあります。時代も違えば、競馬界を取り巻く環境も変化しています。ただ現象としては、“瓜二つ”ほども似通っています。サンデーサイレンスに端を発する系列のサラブレッドたちの卓抜した優秀さは、世界中から称賛の嵐が巻き起こっています。しかし述べてきたように、その並外れた優秀さゆえに急激な普及ぶりは凄まじく、とくに日本においてはSSの血を一滴も持たないサラブレッドは、その希少価値が高い評価を受けるほどです。SS系の血があふれかえることで、サラブレッド全体の血統構成に異変が起きています。話が前後するようですが、「バイアス」とは、統計学の分野でデータの精度を測る際に「偏(かたよ)り」とか「歪(ひず)み」、または「嵩(かさ)上げ」などの意味で使われています。先述のロードカナロアはじめ、ハービンジャーやルーラーシップなどSSを一滴も持たない優秀な種牡馬がいることはいます。しかし繁殖牝馬はどこかでSSの血の供給を受けていることがほとんどで、エピファネイアのようなクロス持ちの種牡馬は、統計上のバイアスがかかった繁殖牝馬頭数に関わらず、配合相手の選択肢が極端に狭められます。またクロスは代を重ねるごとに、血が“煮詰まって”きますから、状況はどんどん厳しくなっていきます。

まず最初に思いつく解決策は、歴史上にも稀な大成功を収めたディープインパクトの先例に倣(なら)えば、世界中からアウトブリードとなる優秀な牝馬を花嫁として呼び集めて、彼女たちとの配合を試みることでしょう。とは言え、膨大な情報収集や的確な相馬眼、莫大な投資も必要もなりますから簡単ではありません。要は“サンデーサイレンスからの脱出”ということになるのでしょうか?100年、200年と血脈を紡ぎ繋いできた名牝系の歴史を辿れば、気が遠くなりそうですが、インブリードとアウトブリードを飽きずに、ひたすら繰り返し続けた結実であることに思いが至ります。サラブレッド生産とは、そうした華やかさのカケラもない地道な営為の積み重ねであることに改めて気づかされます。