2023.02.13

天才ジャンパーの復活

土曜小倉第5レースの「障害オープン」がシビれました。前走未勝利戦を2着に5秒1と、見るのも聞くのも滅多にない圧倒的な大差で勝ち上がったフォッサマグナ、その9ヵ月の休養を経て臨んだ復帰戦でした。“大差武勇伝”は世界を見渡すと、アメリカの三冠馬セクレタリアトが1973年に行われたダート2400mのG1ベルモントSで記録した31馬身差が圧倒的に有名です。フォッサマグナの「5秒1」は、日本では「何馬身」という競馬の概念から逸脱し「大差」と非常に大ざっぱな表現で括られます。一般的に1秒は約5馬身に換算されますから、5秒1は25馬身半というのが公式記録になるのでしょうが、馬場状態や2着馬のバテ方によっても差の開き方は変わって来ます。実際に5馬身以上に計測されるケースも多く見られます。たとえば1992年春の中山大障害でシンボリクリエンスが8秒4ぶっちぎったのが約50馬身と伝えられていますから、それを物差しとすれば5.1秒は約30馬身をオーバーします。フォッサマグナは怪物セクレタリアトを超えた!あるいは、少なくとも限りなく近づいたと考えることも可能です。

もともと平地でも秘めたポテンシャルの高さで注目を集めていた馬でした。新馬をケタ違いの末脚で突き抜けて楽勝すると、2戦目は“伝統の出世レース”G3共同通信杯に向かいます。この年も強豪が揃いましたが、既に朝日杯フューチュリティSを制して2歳王者に君臨し、後にNHKマイルC、香港マイルなどG1星を重ねるアドマイヤマーズが断然の1番人気。このレース勝利をステップに皐月賞3着、ダービー2着とクラシックの主役を張ったダンノンキングリーをわずかに抑えて2番人気に支持されたのがフォッサマグナでした。名伯楽・藤沢和雄師の“秘密兵器”と前評判が人気を煽った面もあったのでしょうが、才能の豊かさは疑えません。ただ気性難に悩まされ、去勢手術など考えられる手立ては尽くしましたが、本格化には手間取りました。芝・ダート・距離の長短など、さまざまに試したのは無論、左回り・右回り・大箱・小回りと7つの競馬場を巡って素質馬の“覚醒”を懸命に促しますが、競馬の神様は才能開花に一向に頷いてくれません。そして伯楽は、JRA競走馬としては最後の選択肢かもしれない道への転進を決断します。そして冒頭にご紹介したジャンパーとして天才的な才能の大輪を開花させることになります。

障害王にもいろんなタイプが見受けられます。先日引退したオジュウチョウサンは頑健な身体と賢く辛抱強い精神を併せ持つ堂々たる風格を漂わせていました。しかしフォッサマグナのそれは、“強い”というカテゴリーではなく、たただだ“美しい”飛越がファンを感動させます。「飛越工学」というような学問領域があるとしたら、フォッサマグナは間違いなく“殿堂入り”するはずです。先の土曜は久々も応えたのでしょう、最後はちょっと疲れて差を詰められましたが、危ないという感じはありませんでした。実戦を使われて体調が充実すれば、この世のものとは思えない天才的な飛越を見せてくれるはずです。余りに素早く格好良く、想像を飛び越えて美しいジャンプは、一見して低空飛行にも映り、高く幅も大きな中山大障害やグランドジャンプを克服できるのか、ちょっと心配にもなりますが、低ければ低いなりに、高ければ高いなりに、常に美しくクリアしていくのが天才の天才たる所以(ゆえん)でしょう。

天才ジャンパーの絵にも描けない美しさで天空を翔ぶ飛越が、日本障害史上最高の名場面を創り出す日が待ち遠しくてなりません。
このフォッサマグナもそうですが、名伯楽引退の前後にマイラーとしての資質を大きく成長させているレッドモンレーヴも楽しみです。天才ジャンパーの妹には父キングマンのルージュカプシーヌがデビューに向けてスタンバイしています。この娘は栗東の名門・藤原英昭厩舎の門を叩きましたが、金色の花を咲かせると伝えられる金蓮花に由来する馬名通りに、ゴールドメダルを高々と掲げる未来に心踊る思いがします。こうした広い意味での“伯楽の置き土産”は、長くファンを楽しませてくれそうですね。