2023.02.08

怪物たちの蠢めく春

賑やかなパレードの映像とともに、馬産地から種牡馬展示会のニュースが伝えられ、そろそろ繁殖シーズンが活気を帯び始めています。こうした季節の便りは、今の時期の北半球であれば世界共通の風景です。世界最大の馬産地アメリカでは、歴代最高のレーティング140ポンドとフランケルに並んだフライトラインの動向に、ホースマンの熱っぽい視線が集まるのも当然でしょうか。なにしろ6戦6勝で2着馬に付けた着差が71馬身という怪物ぶりに、世界中のホースマンの期待のバルーンが弾けそうなほど膨らむのも無理はありません。ちなみに14戦14勝だったフランケルの合計着差は76馬身余でしたが、一走あたりではフライトライン11.8馬身余、フランケル5.4馬身余と倍ほどの隔たりがあります。芝とダート、距離もバラバラで比較することに意味はありませんが、フライトラインの体内に脈打つ能力の高さに驚かされます(もちろんフランケルのそれも、いささかたりと見劣ったりしないのですが)。

フライトラインの種付料は、20万ドル≒2600万円余と新種牡馬としては破格の高額に設定されていますが、選りすぐりの別嬪(べっぴん)花嫁さんが続々と決まっているようです。もとより粗製乱造を避け、産駒のクオリティを高いレベルで維持し、少数精鋭のブランド価値を守り抜くために、上限140頭と交配数を制限していることも花嫁さん殺到の“売り手市場”を生み出しているようです。もともと父タピットがリーディングサイアーを独占する中で、30万ドル≒当時3000万円相当の世界一のフィーと種付数上限125頭をセットにしたブランディングを行った先例を継承しているのでしょうね。これにより競争がますます激しくなり、ご本人がG1馬なのは当然で、さらにハイクラスの勲章を競ってG1馬の母、G1馬の姉妹といった名家の生まれで、かつ別嬪さん中の別嬪さんが門前市を成すような光景が出現します。

ここまでに決まっているリストは豪華絢爛そのものです。クラシック三冠に加えてBCクラシック制覇のアメリカン・グランドスラムを史上唯一達成したアメリカンファラオの母リトルプリンセスエマがいるかと思えば、ディライトフルクオリティの名前も見えます。彼女は三冠の最終関門ベルモントS、真夏のダービーとして人気の高いトラヴァーズSを勝ったエッセンシャルクオリティの母で、彼女の姉フォークロアから孫にコントレイルが輩出されています。エッセンシャルクオリティはタピットとの間に生まれており相性の良さは折り紙付きですから、この牝系は日米双方から海を隔てた三冠ホース誕生のドラマを紡ぎ出してくれるかもしれません。さらに今年のクラシック絡みからケンタッキーダービー最有力が囁かれるフォルテ(父メダグリアドーロ系ヴァイオレンス)の母クイーンキャロラインが名乗りを上げています。その父がBCクラシックで19連勝中と負け知らずのゼニヤッタを遂に打ち倒した稀代の“ジャイアントキラー(大物喰い)”ブレイムですから、底力に傑出したトンデモない怪物を送り出す期待にワクワクさせられます。

先代怪物フランケルは、今は亡き父ガリレオの偉業を引き継ぐようにヨーロッパに君臨するチャンピオンサイアーに輝いています。フライトラインの父タピットはまだまだ元気ですが、この新怪物が父を超えるような快挙を成し遂げる日も遠くはないでしょう。日本の春にも、こうした怪物たちが瞳を輝かせながら蠢(うご)めき立ち現れ、ホースマンはもちろんファンの心中をざわつかせるハラハラドキドキの異次元ドラマを演じてくれないものでしょうか。