2023.02.01

時流は群雄割拠

2着以下を寄せ付けず大差にぶっちぎって圧勝するシーンは、いつ見ても、まずスカッ!と、次にワクワクさせられるものです。ただし、見た目には強い勝ち方でも、それがそのままポテンシャルの高さの証明になるわけではありません。大差と言っても、せいぜい2秒程度と束の間ですから、相手が弱かったりすると割と簡単に出現するシーンです。

土曜中京の未勝利戦を楽々と逃げ切ったバンドマスターの“圧勝パターン”は、父子二代の直伝です。父バンドワゴンはデビュー戦で評判馬トゥザワールドを子供扱いする6馬身差で圧勝しています。トゥザワールドといえば名牝トゥザヴィクトリーの御曹子であり、2戦目から4連勝でG2・弥生賞を制覇。後にダービー馬に君臨するワンアンドオンリーを撃破しています。続く皐月賞2着、暮れの有馬記念でも2着に突っ込んだ輝かしい実績の持ち主です。単なる良血馬にとどまらない、正真正銘の一流馬でした。これをアッサリ突き放したポテンシャルの奥深さは底が知れません。しかし、バンドワゴンの“良血泣かせ”はこれで終わりません。2走目のエリカ賞では、目利きとして有名な大魔神こと佐々木主浩さんの愛馬ヴォルシェーブが立ちはだかります。母がディープインパクトの姉という超良血馬です。この馬も目黒記念2着、アルゼンチン共和国杯3着とステイヤーとしての素質を開花させた一流馬でしたが、バンドワゴンの高い完成度には歯が立たず、5馬身遅れてゴールしています。そして迎えた3戦目のG3・きさらぎ賞には、ディープインパクト産駒でセレクトセール2億6250万円の“超高馬”トーセンスターダムが武豊騎手を背にゲートイン、互いに2戦2勝と無敗馬同士の直接対決となります。しかしトーセンラー・スピルバーグのG1兄弟を叔父に持つ良血オールステイが抜群のスタートを決め、やや強引にそれを交わしに行ったバンドワゴンは道中で引っ掛かり気味になった分、ゴール寸前でスターダムの強襲を許してアタマ差だけ差し込まれます。悲運は重なるもので、脚部不安を発症して1年余りの長期休養に入り、クラシックを棒に振りました。その後も本来の姿に戻ることはなく、馬場幸夫オーナーの厚情で種牡馬として産駒の活躍に志を託すことになります。その初年度産駒の1頭がバンドマスターです。

デビュー戦は芝で下ろされ、見せ場らしい見せ場もなく敗れましたが、2戦目のダート替わりで一変。もともと母の兄にオーストラリアG1・コーフィールドCを勝ち、長距離の大一番メルボルンCで1番人気に推されたアドマイヤラクティがいるスタミナ豊かな母系に、バンドワゴンからホワイトマズルそしてダンシングブレーヴへと遡る父系は、母父としてブレイクするキングヘイローもそうですが、ホワイトマズルなどは意外性の塊のような個性派ホースの宝庫です。“大逃げの使者”シルポート、“ウオッカ世代のダービー2着”にして菊花賞馬アサクサキングス、ダート路線から転じて天皇賞(春)を7馬身差で逃げ切ったイングランディーレ、ジャパンCダート圧勝など中央・地方の重賞を勝ちまくったダートの大物ニホンピロアワーズなど、ムラでも一発長打の威力を秘め、記憶に残る曲者たちを輩出しています。ディープインパクトを代表とする“王道種牡馬”と少し毛色は異なりますが、個性的なサラブレッドを送り出すサイアーも忘れてはならない貴重な存在です。特に現在のダート界は、ここ十数年というものダート界の屋台骨を支えてきたキングカメハメハ、ゴールドアリュール、クロフネ、サウスヴィグラスといった四天王クラスが次々と鬼籍に召され、跡を継いだ形のヘニーヒューズ、シニスターミニスターはともに20歳と無理の利かない高齢に差しかかっているのは前回お話しした通りです。“王道派”の誕生と成長が待たれてなりませんが、レースシーンを多彩で豊かなものにしてくれる“個性派”の台頭も欠かせません。そんな時代の要請を象徴的に表現しているのが、2014年のきさらぎ賞で激闘を演じてくれたサラブレッドたちです。

トーセンスターダムはオーストラリアに移籍して自らG1制覇を積み重ね、宿願の種牡馬切符を獲得しました。現地でディープインパクト人気が高いこともあり、評判は上々なようです。さらに今季からはアイルランドからもシャトルとしてお呼びがかかり、活躍の舞台をヨーロッパに広げています。アイルランドではディープインパクトのラストクロップ・オーギュストロダンに加えて、後継有力馬サクソンウォリアーの初年度産駒ヴィクトリアロードがG1揃い踏み、また仏ダービー馬スタディオブマンもアイルランドで繋養され、凱旋門賞圧勝のアルピニスタから来季の種付けオファーが入っているなど、素晴らしい勢いで勢力を伸ばしています。バンドワゴンは毎年10頭程度に種付けと“マイナー種牡馬”の域を出ませんが、お話ししているように、大物を出して驚けない奥深いポテンシャルの持ち主です。バンドマスターの先々の素質開花はもちろん、それに続く産駒たちの台頭に注目していきたいと思います。なにしろ、王道派、異能派が入り乱れる群雄割拠の時代は始まったばかりなのですから。