2023.01.26

牝馬価値を考える

ジェイエス主催の繁殖牝馬セールにて、桜花賞2着の銀メダルに輝いたこともあるシゲルピンクダイヤが、史上最高の1億5000万円(税抜)で売却されました。『シゲル』の冠名からご想像されるように、ユーモアにあふれ、どこかペーソス(哀愁)を感じさせる“オモシロ馬名”でしばしば注目を集めた森中蕃オーナーの愛馬でした。森中さんの“凝り性”は年季が入っていて、年毎にテーマを決めて動物、果物、魚、星座や宝石名、地名や祭事から戦国武将まで、森羅万象を網羅する馬名の数々を競馬場に送り込んでくれました。最高傑作は2011年生まれの愛馬たちに贈られた『役職シリーズ』でした。シゲルシャチョウ・カイチョウ・センムに始まって、果てはシゲルヒラシャインまで配属する徹底ぶりでした。シゲルピンクダイヤは森中さんがお亡くなりになられたためのセール上場だったようですが、馬名どおりに最高の輝きを放つような仔を産んで、天国のオーナーを喜ばせてくれるでしょう。

これまでの国内における繁殖牝馬セールの最高取引額は12年のエリモピクシーの9500万円(税抜)が最高とされて来ました。ご承知にように産駒4頭が重賞11勝を固め打ちし、重賞未勝利でもディープインパクトの忘れ形見たちを中心に際どい勝負を残した仔がほとんどの名牝です。我がクラブを成長の軌道へと導いてくれた“中興の祖”、感謝の気持ちでいっぱいです。彼女自身は皆さんから惜しまれながら天国へ召されましたが、父がブルードメアサイアー(母の父)として傑出した実績を積み上げつつあるダンシングブレーヴであってみれば、とくにディープインパクトとのニックスが強調される背景も手伝って、この先ずっと母となった娘たちの活躍が大きな期待を集めています。

考えてみると、名繁殖ピクシーの9500万円、クラシック好走馬ピンクダイヤの1.5億円、これらが史上最高と言われると、どこか違和感が残ります。海外では多種多様な繁殖牝馬セールが盛大に開催され、その価値が非常に高く評価されます。上級馬であれば“ミリオン(100万)”の声が掛かるのがが普通になっています。アメリカなら100万ドル≒1.3億円、ヨーロッパなら100万ユーロ≒1.4億円、イギリスの場合は100万ポンド≒1.6億円が基準とされ、ダブルミリオン、トリプルミリオンも珍しくありません。凱旋門賞連覇のトレヴは現役時代のトレードでしたが、将来の繁殖価値込みで当時のレートで10億円で取引されています。牝馬の価値というものは、我々が想像する以上に相当に高めに見積もられているようですが、残念ながら日本の場合は、とてもそこまで及びません。

日本のサラブレッド市場においては、生産分野で大きな影響力を有するオーナーブリーダーが海外に比較して少なく、繁殖牝馬の所有も牧場依存度が圧倒的に高くなっています。そもそも欧米では、生産者(ブリーダー)は繁殖牝馬の所有者(オーナー)に帰属します。この定義に忠実に従えば、生産者(ブリーダー)とは、牧場所有の有無によるのではなく、繁殖牝馬の所有が決め手になります。このため欧米では、サラブレッドの生産者は、自分で走らせるために生産活動に従事するオーナーブリーダーと、他のオーナーやシンジケートなどに販売を行うマーケットブリーダーに大別されます。牧場を持たないオーナーが自分の牝馬を牧場に預けて仔を産ませた場合、生産者はあくまでオーナー自身であり、牧場は単なる委託先にすぎないことになります。このオーナーブリーダーの存在が、海の向こうとこちらでは質量ともにケタ違いです。フランケルやキングマンを生産し自らの勝負服で走らせたアブドゥッラー殿下やバーイードのハムダン殿下、凱旋門賞には欠かせないアガ・カーン殿下、ロイヤルアスコットを主催するエリザベス女王など、伝統の重みも違えばスケールの大きさも天と地くらい隔たりがあり、繁殖牝馬マーケット自体が未成熟な状態にあるのが現実。簡単には解決できない問題ばかりですが、避けて通れない宿題なのでしょうね。