2023.01.08

“伝説の新馬戦”ふたたび

出走馬の中から複数の出世馬を輩出したり、数奇なストーリーに彩られたレースは『伝説の新馬戦』と呼ばれ、ファンの間でリスペクトを込めて語り継がれています。有名なのは、昭和51年(1976年)に東京競馬場の新馬戦で一緒に走ったトウショウボーイとシービークインが後に交配され、誕生したミスターシービーがシンザンに続く史上3頭目の三冠馬に輝いたエピソードでしょうか?ありそうで・あり得ないフェアリーテイル(おとぎ話)かもしれません。ファンの度肝を抜く未来図を秘めていたのは、平成20年10月26日の菊花賞当日に京都競馬場で行われた新馬戦ではないでしょうか。11頭立てのそのレースでは、1着に後の皐月賞馬アンライバルド、2着がダービー2着に奮闘したリーチザクラウン、3着ブエナビスタは桜花賞とオークスの二冠制覇、4着のスリーロールスが菊の大輪を咲かせ、同じレースでデビューした馬が五大クラシックで4勝2着1回の準パーフェクトを成し遂げています。

中でもブエナビスタは新馬戦3着後は連戦連勝で桜花賞、オークスまで無傷で5連勝を飾って“天才少女”の名を高めます。古馬になってからも、常にG1戦線の最前列で戦い続け、ヴィクトリアマイル、天皇賞(秋)、ジャパンCなど男馬を蹴散らして見せます。ウオッカから受け取ったタスキを、次代を担うジェンティルドンナやアーモンドアイに引き継いで「牝馬の時代」を築き上げました。しかし繁殖後に上がってからは、期待に応えられない苦悶の時期が長く続いています。ここまで三男五女を授かっていますが、まだ重賞を勝った馬は現れていません。同じスペシャルウィーク産駒の名牝シーザリオが、繁殖としても大成功していることを思えば残念でなりません。競走馬時代の激闘のツケが、深い部分で疲労やストレスとして蓄積され、心身の健康を蝕んでいるのでしょうか?兄アドマイヤジャパンが今やCMタレントとして持て囃(はや)されているのを横目で睨みながら、繁殖牝馬の仕事も辛く感じられるものです。(まぁ、CMタレントもハタ目で見るほどお気楽な仕事じゃありませんが)

明日9日、中京でデビュー戦を迎えるアルタビスタは姉兄とは厩舎をガラリ変えて、松永幹夫厩舎の門を叩いています。松永幹夫さんは、たぶん日本一、ブエナビスタを研究した調教師ではないでしょうか。“天才少女”を育て上げた松田博資調教師が定年で現場を去った現在では、彼女をもっとも良く知り尽くした調教師と言えるかもしれません。管理馬レッドディザイアでブエナビスタとは、桜花賞が半馬身差、オークスは長い東京の直線を目一杯に叩き合ってハナ差、競馬の神様の気まぐれなのか、ほんのちょっとした勝負の綾なのか、思い返すたびに悔しさが湧き上がる気持ちだったでしょうね。ブエナビスタを倒すために彼女のすべてを研究し分析し、戦略と戦術を練り上げる日々を過ごして来ました。レッドディザイアと過ごした日々が、ブエナビスタの娘さんを走らせる役に立つ日が来るとは。人生とは、神様の気分の行方と同じで分からないものですね。

ブエナビスタを「伝説の新馬戦・平成篇」だとすれば、アルタビスタのそれを「令和篇」と呼んでは過大表現になるのでしょうか。このレースから、どれほどの大物が羽ばたくか?まだ先のことですから分かりませんが、ファンを喜ばせる顔ぶれが揃ったのは確かなようです。たった6頭しかいないディープインパクト・ラストクロップの1頭エレガントギフトも人気を集めるでしょうし、アルタと同じロードカナロアの血を引くアルジーヌもスピードがありそうです。母と同じ勝負服で登場するアルタにとって、今は亡きレッドディザイアと同じ勝負服でレッドジャルダンとレッドテンペストが参戦してくれるのも心に沁みます。競馬のことですから一歩先のことは闇の中でしょうが、ゴール前では「黒・赤十字襷・袖黄縦縞」と「赤・白星散・袖白一本輪」の勝負服同士が先頭を争うような絵を見たい気分です。