2023.01.07

王者たちの初夢

年明けとともに、昨年の各国・各部門リーディングが明らかにされています。繁殖時期の関係で毎年8月にシーズンが始まる南半球は別の機会に譲るとして、ヨーロッパ、北米、日本など北半球の集計を眺めてみます。ヨーロッパではゴドルフィンを中心に分厚い陣容で各国G1を勝ちまくったドバウィが遂に悲願達成しています。ここまで種牡馬界の絶対王者ガリレオに跳ね返され、ガリレオ没後の昨年も後継馬フランケルの前に涙を飲みました。昨季は3歳世代が豊作でクラシックで次々と凱歌を上げたのを皮切りに、シーズン中も国境に関係なく白星を量産し、最後を締めくくるアメリカ遠征のブリーダーズカップデーでBCターフのレベルズロマンス、BCマイルのモダンゲームズと高額賞金レースで固め打ちしたのが決定的でした。凱旋門賞を産駒アルピニスタが快勝して連続リーディングサイアーに王手をかけたフランケルも最後で差し返され、フランスでのみのチャンピオンに止まっています。この大レースに強いのもさすがですが、距離を選ばないオールマイティさも特筆ものでした。まずスプリント部門では、エリザベス女王の即位50周年を祝い(金婚式にちなんで)ゴールデンジュビリーSとして発足し、以降も10年ごとに60周年のダイヤモンド、70周年の昨年はプラチナと名前を変えながら、イギリス国民に愛され続けて来た王立競馬ロイヤルアスコットの看板番組でのネイヴァルクラウンの勝利は、女王と親交の深いモハメド殿下にとって格別に感慨深いものだったでしょう。マイルや中距離の適性には以前から定評がありますが、長距離でも眼を見張らせました。女王崩御で1日延期された英セントレジャーで来日中のデビッド・イーガン騎手を鞍上に迎えたエルダーエルダロフが女王への鎮魂歌をゴールに響かせました。ドバウィは自ら宿願のリーディングサイアー戴冠を果たすとともに、ゴドルフィンの専属調教師チャーリー・アップルビー師はトレーナー部門、主戦騎手ウィリアム・ビュイックはジョッキー部門でそれぞれチャンピオンに輝きました。

獅子奮迅の活躍でドバウィの今季の種付料は、25万ポンド≒4000万円とディープインパクトのピーク時に並びました。ガリレオ亡き後のヨーロッパでは、フランケルの20万ポンド≒3200万円を抑えて文句のない頂上に。4年連続で北米王者に君臨するイントゥミスチーフが25万ドル≒3400万円ですから、こと種付料に関しては世界一ですね。
日本へは、強敵相手の英2000ギニーとジャックルマロワ賞を勝ったマクフィ、ドバイワールドCのモンテロッソなど一流馬が輸入されていますが、ここまで期待に応えられていません。昨年からビッグレッドファームで供用されているベンバトルは、ドバイターフでヴィブロス・リアルスティール・ディアドラの“日の丸三銃士”をまとめて倒し、ドイツやオーストラリアでもG1勝ちがある国際派です。ヨーロッパの一流馬には珍しく、3歳から7歳まで息の長い活躍を続け、高い競走能力を失わなかったタフネスでした。世界中どこへ行っても、環境変化に素早く溶け込む適応性、芝もダートもこなす機動性、マイルから中距離まで能力が落ちない操縦性など日本適性はかなりのモノだと思います。ドバウィも明けて21歳と晩年に差しかかっています。そろそろ日本の地にも後継馬を生み出してほしいのですが。

ディープインパクトは11年連続でリーディングサイアーに輝きましたが、獲得賞金は前年の68億円余から45億円余と23億円以上も落としています。これまでドル箱だった2歳陣が6頭だけと片肺飛行だったのも痛手でしたが、賞金の高い重賞勝利数を激減させているのが響きました。それでも追いつけないライバルの不甲斐なさを嘆けば良いのか、改めてディープの偉大さに思いを馳せるべきなのか分かりませんが、「ディープ後継はディープから」というファンの願いに耳を傾けるべきかもしれません。既に海外ではそうした動きが現実になりつつあります。イタリアでは初年度産駒が3歳を迎えたばかりのアルバートドックが、金的を射止めています。テンペスティという馬が大活躍したのが原動力でした。伊ダービーこそ差し返されてクビ差2着に泣きましたが、シーズン最後の重賞フェデリコテシオ賞ではランフランコ・デットーリを鞍上に配して短クビ凌ぎ切りました。ウィナーズサークルに戻って、馬上から宙を舞うお馴染みのパフォーマンス“フライング・ディスマウント”がファンを大喜びさせたのは無論です。経済危機の影響でG1すべてがG2降格されるなど、大変な苦境と戦っているイタリア人ホースマンを元気づけられたら幸いですが。

テンペスティ活躍の晴れ舞台となったミラノのサンシーロ競馬場は、サッカーACミラン本拠地の隣り合わせに建造され、1周3200m・直線900mと想像を絶する壮大さで知られる名コースです。16戦16勝の不敗名馬リボーは凱旋門賞連覇のロンシャン、キングジョージのアスコット以外の勝利のほとんどを、“真のステイヤーでないと勝てない”と伝えられる過酷極まるこのコースで挙げています。ダービーが行われるローマのカパネッレ競馬場も、1周2400m・直線1000mと壮大さではヒケをとりません。こうした競馬場でアルバートドックの仔たちは走っているわけです。そこには日本馬に一般的に言われる“ヒヨワサ”は見られません。彼らは環境に順応して逞しさを身につけたのでしょう。ディープに流れる曽祖母ハイクレアからウインドインハーヘアに伝えられたヨーロッパ各国を席巻した血の蘇りなのでしょうか。日本人ホースマンにも学びが秘められていそうです。

この他にも、オーストラリアで種牡馬入りしているトーセンスターダムが、今季はイギリスにシャトル派遣されるそうです。イギリスではサクソンウォリアーのファーストクロップ・ヴィクトリアロードがBCジュベナイルターフをハナ差凌ぎ、本尊ディープのラストクロップ・オーギュストロダンのフューチュリティトロフィー制覇などG1を次々と制覇し、“ディープ系旋風”が吹き荒れています。昨年の凱旋門賞を信じられない強さで圧倒したアルピニスタは、来年になりますがイギリスでスタッドインしたディープの仏ダービー馬スタディオブマンに熱い種付けオファーを送っています。日本というククリで言うなら、南米チリではシーキングザダイヤが2度目のチャンピオンに返り咲いています。日本で生まれ育ったサラブレッドたちは、どこへ行こうと元気いっぱいです。2023年はディープインパクト系勃興(ぼっこう)の記念すべき年になるのかもしれません。