2022.12.27

有馬記念と血統の未来【後】

ロベルト系が2〜5着と掲示板のほとんどを占めましたが、王者サンデーサイレンス(SS)系はキタサンブラック初年度産駒イクイノックスが威風堂々のゴールを颯爽と決めて、さすがに面目躍如の有馬記念でした。しかし血統表を詳しく分析するまでもなく、これらのロベルト系サラブレッドたち、実は“隠れSS系”の一面も備えていました。2着に追い込んだボルドグフーシュは母父がフランスで活躍したSS直仔のレイマンですから、SS3×3のキツめのクロスを内包しています。3着ジェラルディーナと5着エフフォーリアは、SS 4×3の伝説に語り継がれる“奇跡の血量”の持ち主であることは有名です。4着イズジョーノキセキは薄目ですが、父エピファネイアの母である名牝シーザリオが名馬スペシャルウィークを通じてサンデーサイレンスの血をしっかりと受け継いでいます。

これらをSS血量で眺めてみると、ボルドグフーシュが25.00%と500㌔近い雄大な馬体に流れる何と4分の1をサンデーサイレンスが占めています。ジェラルディーナとエフフォーリアには18.75%がカウントされ、最少のイズジョーノキセキですら、SS直系イクイノックスと同量の6.25%がピックアップされます。直系以上に“SSチック”な“非SS系”というのが、有馬記念上位を占めたロベルト系サラブレッドの正体ということにもなりそうです。血量は、あくまでも机上の計算、偉大な祖先の影響力を正確に示す数値とはなり得ないでしょう。そもそも100%同血のブラックタイドとディープインパクトの間に、馬格からして見た目にも明らかな個性の差異が認められます。かくして血量問題は、“厳密かつ精緻な“科学というより、“神秘の世界”に属する“壮大なロマン”と考えた方が良いのかもしれません。しかし科学的な実証は難しくても、血量の多い少ないやクロス配合によって祖先の影響力が子孫の個体に及ぶのも、人間の“錯覚”とまで言い切れないでしょう。競馬とは科学とロマンの間で揺れ動く永遠の謎への挑戦と言えるのかもしれません。それを人は、“哲学”と名付けたり、“夢”と呼んだりもします。

さて、お話が宇宙の彼方へ飛んでいきそうですが、世知辛い心配事に話題を戻せば、“隠れSS系”の圧倒的な存在は、サラブレッドの多様性を損ない、古来言われ続けている“種の隘路”へと迷いこみかねません。近親クロスを重ねることで、配合の選択肢がどんどん狭まるのは当然の成り行きだからです。古人はこうした苦境をインブリードとアウトブリードを辛抱強く繰り返すことで、辛うじてという印象なのですが擦り抜けてきました。SSの血を一滴も持たない“非SS系サイアー”が絶対的に必要とされます。巨大なSS系のリーダーシップを掌握するディープインパクトは、既に繁殖牝馬頭数でも我が国最大の勢力を誇っており、今後も当分は増え続けます。そのディープ肌とのニックス関係が注目されているのが、SSの血が一滴も流れていないルーラーシップです。そもそもが究極の名牝エアグルーヴの息子として、社台グループの歴史を生き写しにすべく生まれたサラブレッドです。社台の歴史に欠かせないもう1頭の巨大な存在サンデーサイレンス、彼とその直系子孫が世に送り出した優秀なSS系牝馬に配合するために創造されたとも言えるのではないでしょうか。

この日本競馬界の宿願と熱望を現実のものとしたのが、ディープ牝馬プリッツフィナーレ(競走名レッドラファール)との間に生まれたキセキの菊花賞です。ルーラーシップ初のG1制覇でした。以後もこの組み合わせから京都2歳S、青葉賞のワンダルタウン、先日の朝日杯フューチュリティSを快勝したドルチェモアなどの活躍馬を輩出しています。すべて下河辺牧場さんの仕事です。立派な先見の明に敬意を表しますが、配合プランには著作権がないので、この先も多くの牧場からルーラー×ディープ肌などSS系牝馬の配合需要が急騰しそうですね。年が明けて16歳になりますが、まだ老け込む年齢ではなく、種付料も350万円とお手頃ですから、非SS系の“巨魁”としてますます輝きを増してくれるに違いありません。同じ社台スタリオンセンターのドレフォン、マインドユアビスケッツといったアメリカの非SS系の導入が成功し、ルーラーの1歳上にあたる“非SS系の巨星”ハービンジャーも健在です。今年の有馬記念は、長い競馬の歴史の通過点のひとつでしょうね。“SSチック”抜きの純正“非SS系”が、ターフで爆発する日もいずれ遠からず来るでしょう。またそれ以上に、さまざまな個性に富んだサラブレッドたちが、それぞれの個性を厳しくも華やかに競い合うレースを見られる日が待ち遠しくてなりません。