2022.12.20

世界を駆ける夢物語

ディープインパクトの全世界わずか12頭のラストクロップの中から奇跡的にもG1ホースが誕生したニュースには驚かされました。クールモアに所有され巨匠エイダン・オブライエン調教師の薫陶を受け、名手ライアン・ムーア騎手とともにG1フューチュリティトロフィーを圧勝したオーギュストロダンがその馬ですが、さっそくブックメーカーは彼を英ダービーの1番人気に大抜擢して、2023年クラシックのヒーローの期待を高揚させています。こうした日本由来のサラブレッドたちのエピソードには事欠かない昨今ですが、南半球オーストラリアからも日本生まれブレイブスマッシュの初年度産駒ブレイブヘイローがデビューから3連勝を飾り、次走はG1ブルーダイヤモンドSに照準を定めているというニュースが舞い込んで来ました。

ブレイブスマッシュは、“トーセン”でお馴染みの島川隆哉さんのオーナーブリーダー馬として自家牧場のエスティファームで誕生しています。ネオユニヴァース系トーセンファントムの血を引き、日本でG3サウジアラビアロイヤルCを快勝してクラシックでの活躍が期待されましたが、気性の激しさが災いして大成できず、ダービーはドンジリの18着に惨敗します。そして4歳春を最後に南十字星の下オーストラリアにトレードされています。この早めの英断が功を奏したのか、オーストラリアを代表する名伯楽ダレン・ウィアー師の慧眼(けいがん)は、気性のキツさを爆発的なスプリント能力に転化できる可能性を鋭く見抜いていました。日本でもお馴染みの腕達者ダミアン・レーン騎手とのコンビでリステッドレースを使われながらスプリンターとしての才能に磨きをかけたブレイブスマッシュは、芝レースでは凱旋門賞を上回る世界最高賞金を誇るジエレベレストに挑み3着と見込みに間違いがなかったのを確信します。

自信を深めたウィアー師、以後はコーフィールドのフューチュリティSをグレイグ・ウィリアム騎手と、ムーニーバレーのマニトカSはヒュー・ボウマン騎手と 、ともに名手のサポートを得てG1を2勝、遂に密かに目標としてきた種牡馬チケットをゲットします。世界トップクラスの“短距離王国”を舞台に、この成功は大きな価値があります。調教師や騎手、厩舎や牧場関係者に人材を得たのが原動力になったのは間違いないでしょう。ディープインパクトやモーリスなど日本由来の血が桧舞台で大活躍しているオーストラリア・ニュージーランドでの日本血統は評価が高く、スタッドインしてからもブレイブスマッシュは初年度から120頭を越す牝馬を集めるなど素晴らしいスタートを切っています。その1頭として生まれたブレイブヘイローがデビュー早々からG1ステージに歩みを進めるとは夢を見ているような不思議な気持ちが湧いてきます。

“夢物語”と言えば、ブレイブスマッシュの母系を語らずには終わりません。お気づきでしょうが、母トーセンスマッシュはトウカイテイオーの血を授かっています。無敗の三冠馬シンボリルドルフからトウカイテイオーへと繋がれた血は、多くの熱心なファンの願いも届かず父系はほぼ断絶の境遇に追い込まれています。母父としてではあれ、ブレイブスマッシュを通じて貴重な血統の“奇跡のリレー”が現実のものになったことに、感動を抑えることができません。日本発の血がオーストラリアを経由して、さらには世界各地を巡って、いつの日か日本に帰還するのが待ち遠しくてなりません。日本で生まれ育ったサラブレッドが、世界を舞台に駆け回ると、考えてもみなかった“夢物語”を運んで来てくれるんですね。