2022.12.06

“賢兄賢弟”の系譜

同じ血統に生まれながら“愚兄賢弟”という言葉があるように、それぞれの蹄跡に天と地ほども差があるのが普通です。兄弟姉妹が揃って優秀という事例は、満月が煌々(こうこう)と輝く夜空に星を数えるようなものでしょう。なかなか見当たらないのが現実です。先週土曜のG2ステイヤーズSは日本最長距離3600mのマラソンレースとして師走風景に溶け込んだ名物レースですが、芦毛のシルヴァーソニックが長距離戦には珍しい直線の瞬発力勝負を鮮やかに差し切りました。彼自身は重賞初勝利ですが、母エアトゥーレにとっては4頭目のJRA重賞勝ち馬でした。この4兄弟は、長女アルティマトゥーレ(父フジキセキ)はセントウルSとシルクロードSを勝ったスプリンターとして活躍して、さすがフランス遠征のG1モーリスドギース賞で2着した母の血を継いだだけのことはあると評判になったものです。長男キャプテントゥーレ(アグネスタキオン)は皐月賞でクラシック制覇しながら故障がちだったのは不幸でした。その下のクランモンタナ(父ディープインパクト)は障害も含めて通算54戦のタフネスで小倉記念はブービー人気で穴を開けた個性派でした。そして今度はマラソン走者シルヴァーソニックの登場です。それぞれ異なる父ですがサンデーサイレンス系は共通で、そこからスプリンター、中距離路線、超長距離のステイヤーと、まったくタイプの異なる兄弟が生まれてくるのも血統の神秘ゆえでしょうか?

世界的にも“賢兄賢弟”の誉れ高いのは、大種牡馬デインヒルを擁するジュドモントファームの今は亡きハーリド・ビン・アブドゥッラー殿下が、繁殖牝馬ハシリとの間で成し遂げた5兄弟姉妹によるG1制覇の大記録です。長男ダンシリこそ惜しいところでG1制覇を取り逃がしていますが、種牡馬としてはハービンジャーを輩出するなど大成功しました。長女バンクスヒルが英仏米でG1を勝ちまくり兄の無念を吹き飛ばします。さらにそれで終わらず、妹のヒートヘイズ(この馬のみ父グリーンデザート)、インターコンチネンタル、そして弟のカシーク、シャンゼリゼが国境を超えて次々とG1レースで無双し、兄弟姉妹5頭で合計12勝と世界の競馬史に燦然と輝く偉業を成し遂げました。5頭すべてアブドゥッラー殿下のオーナーブリーダー馬で、ヨッロッパではアンドレ・ファーブル、北米ではロバート・フランケルと当代一流の名伯楽が調教の労を執っています。ご承知のようにファーブル師は凱旋門賞8勝という空前絶後の大記録を打ち立て、フランケル師は年間G1勝利数25勝と後にエイダン・オブライエン師に破られるまで断然の世界一に君臨していました。そのフランケル師が不幸にも白血病に斃(たお)れると、アブドゥッラー殿下は深い畏敬と感謝を込めて、クールモアとのコラボレーションにより誕生した1歳馬をフランケルと名付けています。

JRA重賞に限ってグレード制導入以降の繁殖牝馬の産駒重賞勝利の成績を眺めてみると、ビワハヤヒデ・ナリタブライアン・ビワタケヒデの3兄弟を輩出したパシフィカスがG1・8勝を含む17もの重賞を勝っており、これが歴代1位の記録とされています。ドリームジャーニー・オルフェーヴル兄弟のオリエンタルアートは2頭でG1は9勝でトップですが、重賞合計15勝は1勝足りずで2位に甘んじています。頭数を基準に見れば、女傑ブエナビスタを生んだビワハイジが、テレビCMでスッカリ人気者になったアドマイヤジャパンなど6頭の重賞馬を出してダントツの成績を残しています。彼女は現役時代に同期のエアグルーヴをG1阪神3歳牝馬S(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)倒したこともあり、倒産などで牧場を転々とする中でこれだけの仔を出したのは並大抵ではありません。競走能力もそうですが、不屈の精神力には頭の下がる思いです。

エアトゥーレの4頭は、このエアグルーヴのアドマイヤグルーヴ・ルーラーシップなどの4頭に並ぶもので、歴代トップクラスの名牝に叙されて当然の価値があるものでしょう。4頭といえば、G1こそ縁がありませんが、東サラゆかりのエリモピクシーも同格にノミネートされる存在です。長男リディル、次男クラレント、三男レッドアリオン、四男サトノルパンまでマイル路線を主戦場に合計11のグレードレースで勝ち鬨を上げています。牡馬に偏っているように見えるのですが、晩年は才能を秘めた牝馬群を次々と送り出しており、彼女たちは重賞戦線で勝ち負けの競馬をして来ました。ピクシーファミリー悲願のG1制覇は、エアグルーヴが孫世代にドゥラメンテを出し、曾孫世代からジュンライトボルトを輩出しているように、これから幕を開けるのでしょう。楽しみでなりません。