2022.11.02
血統の変容、その進化
ご承知のように、メルボルンCは「国の動きを止めるレース」というキャッチコピーで知られるように、フレミントン競馬場のご当地ヴィクトリア州など「国民の休日」とされる地域も多く、“競馬三昧”な一日となります。とくに今年はコロナ禍を乗り越えて3年ぶりの入場制限なしで開催され、大変な盛り上がりようが伝えられています。ただ畜産大国オーストラリアだけに、検疫の厳しい関門は依然として緩められず、日本馬の出走はなく、このレースを目標に早くから移籍したヨーロッパ勢と地元育ちの対決という形になりました。強い馬同士が同じ条件で秘めたる能力を爆発させ競い合う定量戦の格式の高さを尊ぶ愛でるのも楽しみの大きな部分ですが、一方でメルボルンCの醍醐味は、障害のグランドナショナルと双璧をなす、平地では“世界最大のハンデ戦”という点にあります。
究極の理想は「全馬がゴール前で横一線となる接戦」を人為的に生み出すところにあるとされるハンデ戦は、人気に関する限り平地G1を遥かに上回っています。出走各馬の実績、近況、中間の調教状態などを微に入り細に入り点検して、ハンデが与えられます。これを受けてファンは勝ち馬推理に没頭します。そのときどきでブックメーカー各社のオッズも微妙だったり大胆だったり、ファン心理を心地よく刺激しながら刻々と変化します。馬券検討も一筋縄では行きません。大変な労力と集中力が求められます。長い人はまるまる1年間、短くても一般的には1週間程度は“競馬三昧”な日々を楽しみます。今年は最低50㌔から最高57.5㌔まで、7.5㌔の間に24頭が割り振られ(内2頭は直前に回避して結局22頭立てに)落ち着きました。結果は、理想通り“横一線”とは行きませんが、ゴール前は激しい追い比べとなり、勝ったゴールドトリップは前述のヨーロッパからの移籍馬ですが、トップハンデを背負い堂々と押し切ったのは立派でした。2着、3着には51.5㌔のエミッサリー、50㌔のハイエモーシアンが“恵量”を味方に、つむじ風のように鋭く突っ込んでいます。ハラハラドキドキのハーモニーがゴールライン上に沸き起こり、ハンデキャッパー、ファンともども大満足の熱戦でした。
しかしレースの興奮が冷めないうちに、上位馬の血統欄を眺めて、二度ビックリさせられました。ゴールドトリップは、偉大なデインヒルの主要後継馬エクシードアンドエクセルを経由したヨーロッパでの活躍マイラーであるアウトストリップの血を引いています。“スピード王国”日本ならサンデーサイレンス系、“スタミナ帝国”ヨーロッパであればサドラーズウェルズ系、そして“スプリント王国”オセアニアを代表するのがデインヒル系の巨大な血統山脈です。母系を辿れば、レインボウクエスト、ドユーンなどスタミナ色の濃い血を抱えていますが、ハンデ頭に祭り上げられた3200mのマラソンレースを、早め先頭から押し切る正攻法で勝ち切る血統とは考えにくい印象が先立ちます。アウトストリップ産駒はゴドルフィンが送り込んだアウトパフォームが1頭だけ日本で走っています。芝とダートの1200m戦で1勝ずつしています。比較の対象にはなりづらいのですが、3200mのイメージはありません。2着に突っ込んだエミッサリーはキレッキレッの瞬発力に定評があるキングマンの仔です。
サラブレッドの距離適性は、血統だけ、血統中の遺伝子構成だけで決まるものではないのは無論です。馬体や心肺能力の影響を受けたり、気性によっても異なります。調教のあり方が深く関わっているのは当然ですが、周囲のスタッフとのコミュニケーションの状況によっても微妙な変化が認められるようです。一口に言ってしまえば“神秘”ということでしょうか。“神秘”を“神秘”で終わらせないところが、競馬の奥深い魅力なのですが、そうした意味でも“競馬の醍醐味”が、壮大な広がりを感じさせてくれた今年のメルボルンCでした。