2022.10.27

ディープインパクトの天皇賞(秋)

2008年生まれの初年度産駒から20年生まれのラストクロップまで、ディープインパクトは全世代14世代が一つも欠けることなくG1完全制覇の歴史的偉業を成し遂げています。しかも、その道程を辿ってみると、その時々で様々に風貌を変化させながら、常に新しい顔を生み出し続ける成長の軌跡だったことに驚かされます。当初は日本で桜花賞を4連覇し、同時期にフランス生まれのマドモワゼル・ビューティーパーラーが仏1000ギニーの輝かしいティアラを戴冠するなど、世界のホースマンに“名マイラーの血”を強烈に印象づけたものです。その後もカテゴリーを問わない八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍、スプリント以外のほとんどの領域でG1馬を続々と生み出しています。中でもダービー馬を7頭も輩出したのは、誰も超えられない高い壁として聳(そび)え立つ戦前の巨魁トウルヌソルと戦後の巨星サンデーサイレンスの6頭を遂に凌駕するものでした。そして晩年に固め打ちした菊花賞の4連覇を含む通算5勝も、時代の趨勢(すうせい)ゆえ価値下落が案じられていたレースに、クラシックの威光を取り戻すインパクトに富んだ一撃でした。ちょっと変わり種ですが、“Jpn1”格付けの中山大障害を勝ったレッドキングダムも忘れられない思い出です。

「行くところ敵なし!」の天下無双ぶりを発揮したディープインパクトですが、想像もしなかった苦戦を強いられて来たカテゴリーもあります。当初はマイラーやステイヤーであるより「2000m〜2400級のチャンピオンディスタンスで大仕事するのでは」と考えられていましたが、その見立ては半分は当たり、あと半分は微妙な結果になっています。2400mのダービー7勝・オークス4勝・ジャパンC4勝は前人未到の大記録であり、文句なしの大当たりでした。しかし2000m級の日本最高峰・天皇賞(秋)が1勝だけ、というのは意外でもあり、寂しくも感じられます。この天頂に孤独に輝く巨星を打ち上げたのは、14年のスピルバーグでした。雌雄の性差を超えるサラブレッドだったジェンティルドンナが弾むように馬群を抜け出すと、牝馬三冠に続いて秋天・JC・有馬の“秋三冠”のゴールを駆け抜けるかと思われた瞬間、府中の坂上から雷鳴を轟かせるようにスピルバーグが襲いかかり、稲妻のようにゴールを突き抜けて行きました。何が起きたのか?半ば呆然として、なにか凄いものを見させて貰った気がしました。ディープインパクトの1-2決着でした。「1勝だけ」と言いましたが、とんでもない1勝でした。ディープインパクトのポテンシャルの高さと底力の凄まじさを改めて胸深く刻み込みました。

今年の天皇賞(秋)の出馬表が確定しました。ディープインパクトがらみは、直仔3頭がゲートインします。枠番順に同距離のG1大阪杯での金星が今も鮮烈なポタジェ、送り出した7頭のダービー馬中で唯一海外G1を制しているシャフリヤールはドバイと同じくクリスチャン・デムーロが手綱を執ります。そしてカデナは8歳となった今でも稲妻のキレ味には眼を瞠(みは)らさせます。この中からスピルバーグの後を追う「2頭目」が出現してくれるでしょうか。そのほか母父としてマリアエレーナ(父クロフネ)を送り出しますが、彼女は直線の短い小回りコースの小倉記念で圧巻の5馬身差で突き抜けて目下絶好調!前が忙しくなりそうな顔ぶれで、無欲無心の長打一発がないとも限らないでしょうね。

「わずか1勝だけ」と言いましたが、スピルバーグとの死闘が今も生々しく思い出されるジェンティルドンナなど、2着に涙を飲んだことが実は8回もあります。ジェンティルドンナの2年連続は気の毒でなりません。三冠馬コントレイルも3歳馬の勢いに押し切られていますが、こうなるとディープインパクトにとって2000mは“苦手”どころか“鬼門”だったのかもしれません。何かのキッカケで“鬼門”が“十八番”に様変わりすることも珍しくありません。生涯一度のクラシックと違って、古馬混合のG1であれば現役である限り、何度でもチャンスはあります。肩の力を抜いてリラックスして走れば、スピルバーグが掴み取ったような“主演男優賞”も夢ではないはずです。