2022.10.26

ディープインパクトの成長性

ディープインパクトというサラブレッドは、よほど競馬の神に愛されて生まれて来たのでしょうか。浮世離れした奇跡の走りの数々は、そう考えるしか理解できない種類のモノです。先の週末にも、そんな光景をたっぷりと味あわせてくれました。ディープインパクト13年の種牡馬生活において輩出した全世代からG1馬を輩出し、そのうちクラシック年齢に達した12世代はすべて戴冠の栄誉に浴しています。“ディープインパクト贔屓(びいき)”ならずとも“競馬好き”に生まれてきたことを感謝せずにいられません。

まずは土曜のイギリス・ドンカスター競馬場から。オーギュストロダンが折りからの不良馬場をモノともせず、外ラチ沿いを真一文字に切り裂くようにG1フューチュリティトロフィーのゴールを突き抜けて行きました。オーギュストの手綱を握ったライアン・ムーア騎手は、第5レースのフューチュリティトロフィーの前に組まれていた4レースすべてに騎乗して、コースの端々まで丁寧に観察して身体に染み込ませています。ライアンは馬場状態の詳細をエイダンに伝え、決断を促します。「発表ほど酷くない。重馬場くらいかな」と。エイダン・オブライエン調教師は“スクラッチ”(直前回避)の選択肢を投げ棄て、オーギュストに“チャレンジ”のミッションを下します。ヨーロッパを主戦場に戦い続ける限り、タフな道悪競馬も走り抜かなければ栄光や名誉と無縁で終わります。オーギュストにとって生涯の目標となる凱旋門賞の栄冠は、高い確率で道悪競馬の向こう側にあります。しかも同じ不良馬場発表でも、ドンカスターのそれとパリロンシャンのそれとでは、恐らく天と地ほども違うはずです。日本では“道悪巧者”とされる馬が、パリロンシャンでは無残なほど走れない映像を何度見せられたことでしょう。ライアンとエイダンが熟慮の末に下した“ミッション”は、レースの一つ一つが別々の“経験知”であり、その集積が多様多彩な“キャリアの鎧”となって馬の力になるのだという“賢者の決断”だったのでしょう。これも“競馬の醍醐味”と言えるでしょう。

日曜の阪神3000mの長丁場を舞台に行われた菊花賞は、皐月賞からダービーへと王道を歩いて好勝負を繰り広げてきた“キャリア”の奥深さを活かしたアスクビクターモアと田辺裕信騎手が、前半のハイペースの流れに楔(くさび)を打ち込むように、自ら早々と動いて後半はスタミナを削りあう持久力勝負に持ち込み、一杯一杯になりながらもハナだけ凌ぎ切りました。ディープインパクトにとって菊花賞は4年連続で通算5度目の制覇になります。思えば、初年度産駒マルセリーナの桜花賞からクラシック全世代制覇への道が開かれ、ジェンティルドンナ、アユサン、ハープスターと4年連続で“桜の女王”を輩出したときは、「ディープはマイラー」が定説になった時期でした。しかし時の流れとともにカテゴリーの幅が広がり、菊花賞を“十八番(おはこ)”とする筋金入りのステイヤーの風貌を漂わせるようになったのには感慨深いものがあります。凄まじい成長力の賜物でしょうね。一般にサンデーサイレスの後継は、ハーツクライやステイゴールド系などのように晩成の成長力を評価されるのに対して、ディープはどちらか言えば“早熟性”を良きにつけ悪しきにつけ指摘されます。今にして思えば、配合のツボが判って来た・調教のコツが掴めたなど人間の側の進歩も多分にあるのでしょうが、ディープインパクトとは様々な意味において成長力の塊りのようなサラブレッドだった、と思い知らされます。

またディープインパクトは、前出のようにクラシック全世代完全制覇を最後の最後のラストチャンスで際どくモノにしました。この勝負強さは尋常じゃありませんね。しかもゴールライン上で激しく競り合ったライバルが、“ポスト・ディープ”の有力な担い手になるかもしれない血統だったというのも、ディープの測り知れないリーダーシップを想像させます。際どい2着に追い込んだボルドグフーシュは、父スクリーンヒーローはサンデーサイレンスの娘から生まれ、母ボルドグザグの父レイマンは海外で走ったサンデーサイレンスの血を引く数少ない活躍産駒であり、父系・母系のいずれを遡ってもサンデーサイレンスの孫にあたり、血量的には3X3になります。サンデーサイレンスのクロスは4X3から、牝馬三冠のデアリングタクト、年度代表馬に昇り詰めたエフフォーリア、7勝中6勝が重賞というグレードハンターのメイケイエールなどが輩出され、次々と華々しいサクセスストーリーを紡ぎ出しています。これに対して3X3の配合は少しバランスに欠けるのか、これまではダート戦線で活躍する馬が目立っていました。ちょっと前だと3歳春に早々と地方転厩して東京ダービーを狙い撃ったダルバッサーレ(父バルダッサーレ)、最近では牝馬限定戦が充実している交流重賞で6戦4-1-1-0と稼ぎまくっているショウナンナデシコ(父オルフェーヴル)などがこのグループに属します。この“ダート十八番”一派からボルドグフーシュのような芝馬が台頭して来たのも驚きです。これもディープインパクトを頂点に抱くサンデーサイレンス系らしい成長力の一端なのでしょうか?