2022.10.19

夢のクラシック血統【前】

今週の菊花賞では、日本競馬史上もっとも偉大なメモリアル(記録)のひとつが樹立されるかもしれません。主役はディープインパクトです。彼は昨年まで11世代すべてがクラシックレースを勝ち続けています。2008年生まれの初年度産駒はマルセリーナが桜花賞を制して、華やかな第一歩を踏み出しました。続く第2世代も相当ハイレベルで、牝馬三冠に輝いたジェンティルドンナ、仏1000ギニーで世界への広がりの先駆けとなったビューティーパーラーなどが競馬好きを魅了しました。粒揃いという点では13年生まれが際立っていたでしょうか?皐月賞をディーマジェスティ、ダービーはマカヒキ、菊花賞がサトノダイヤモンドと異なった馬で同父三冠を実現し、オークスを勝ったシンハライトが桜花賞でハナ差だけ負けていなかったら、クラシック完全制覇の偉業を成し遂げるところでした。この頃からクールモアやニアルコスファミリー、後にはエリザベス女王といった大オーナーブリーダーが自前の牝馬をディープの下に送り込む姿が目立ち始めます。英2000ギニーのサクソンウォリアー、仏ダービーのスタディオブマン、英愛両国のオークスを圧勝したスノーフォールなど大物が次々と出現して、ディープインパクトの血はワールドクラスの価値を誇るようになります。

ご存じのように、桜花賞・オークス・皐月賞・ダービー・菊花賞のクラシックレースは、それぞれが生涯一度の晴れ舞台、やり直しの利かない清水の舞台であり、それゆえ勝つことが至難の業である難関中の難関です。これらのレースに特別な才能を発揮する一握りのサラブレッドたちは「クラシック血統」の名で呼ばれ、ホースマンすべての憧れとされ、抜きん出た価値を認められています。あらゆる記録という記録をすべて書き換えてしまったサンデーサイレンスですら、全世代によるクラシック完全制覇だけは到達することができませんでした。前出のように異なるさまざまな状況下にあっても、常に勝ち続けるディープインパクトの血の偉大さを思い知らされます。「クラシック血統」という特別なカテゴリーで遇され、世界中のホースマンの夢と尊敬を集める由縁です。

21世紀“最初にして最高の”種牡馬王ガリレオの場合はどうだったのでしょうか?その父サドラーズウェルズとともに親子二代でヨーロッパを完全制圧しているガリレオは、2003年生まれの初年度産駒に始まって総計20世代を残していますが、現在までにクラシック年齢の3歳には17世代が達しています。ガリレオ産駒はヨーロッパを主戦場に世界中で走っており、すべての世代がいずれかの国で何らかのクラシックレースを勝っているのは無論です。しかし一国に限って見ても、本拠地のアイルランドでは初年度産駒のナイタイムが愛1000ギニーでクラシック一番星を挙げたのを皮切りに、今年の3歳馬マジカルラグーンの愛オークスまで一世代すら欠かさず、コンプリート(完全)制覇を成し遂げています。血統の多様化が著しく進み、レースの特徴や個性が際立つようになっている現代競馬にあっては、一頭の種牡馬がそのすべてで優位性を発揮するのは、ほとんど“おとぎ話”の領域になります。世界中の先進的で冒険心に充ちたホースマンたちが、考えられる限りの配合にチャレンジし、そのための牝馬創りから地道な営為を積み重ねているのですが、人間の知識や知恵の及ぶ範囲というのは、我々が考える以上に狭いもののようです。“おとぎ話”が現実に印される“記録”となるのは、天文学的な確立でしかありません。

ディープインパクトにとって、菊花賞が“クラシック全世代制覇”の最初で最後の関門になります。後のない一発勝負です。JRAプレ・レーティング116ポンドと登録馬中トップのアスクビクターモア、同3位のジャスティンパレス、同4位タイのプラダリアなど実績的には上位を形成する馬も多く、この限りでは記録継続への希望が膨らみます。レッドバリエンテなど2勝クラス8頭は3つの椅子を抽選で争います。他に回避馬がなければ、ディープインパクト軍団は6頭でコンプリート(完璧)を目指すことになりそうです。明日は、もう少しピントを絞って「クラシック血統」の実像に近づきたいと思います。