2022.10.13

ドイツ血統と日本適性

前回はドイツの名門シュレンダーハン牧場が育んだ“Aライン”と呼ばれる母系をご紹介しました。中興の祖アレグリッタから蘇った名牝系は、その娘アーバンシーを通じて世に送られたガリレオ・シーザスターズ兄弟を不動の二本柱として、世界の血統地図を大きく塗り替えました。ちょっと繰り返しっぽくなりますが、凱旋門賞だけを例にとれば、アーバンシー&シーザスターズの母仔制覇に始まって、ガリレオは凱旋門賞ではなくブリーダーズCクラシック挑戦の大冒険を選びましたが、産駒が1-2-3を決め、二代目のナサニエルがエネイブルの連覇をアシストし、同じくフランケルがアルピニスタで栄光の頂点を射止めています。母父を含むと、16年にガリレオ1-2-3を達成して以来、この7年間というものアレグリッタを何らかの形で内包するサラブレッドが全勝しています。極端ですが「アレグリッタ・アーバンシーの血を持たざる馬はサラブレッドに非ず」みたいな平家物語風なストーリーがロンシャン競馬場で毎年のように展開されています。

“ガリレオ不毛の地”と揶揄(やゆ)されるように、この歴史書き換えの壮大なドラマに日本調教馬だけが無縁なのは歯痒くて仕方がないのですが、実は日本の地に根付きつつあるドイツ血統も台頭しつつあります。先々週の毎日王冠、直線の激しい攻防に一旦は行き場を失ったように見えたサリオスが、ゴール前で鮮やかに馬群を割って力強く突き抜けました。ちょうど2年前の同じ毎日王冠での勝利以来、回り道をしてしまいましたが、行く手に一筋の光明が差し込みました。堀宣行調教師にとってもJRA通算700勝目と区切りの勝利となりました。二重に先々の大仕事が楽しみになってきました。

母サロミナは独オークスの勝ち馬で、母型を遡ればシュレンダーハン牧場の“Aライン”と双璧をなす二本柱の“Sライン”に到達します。この系統からは最近ではNHKマイルCや毎日王冠の覇者シュネルマイスターを出しています。ちょっと前だとブエナビスタやマンハッタンカフェなどの顔も見えます。「日本適性ゼロ」と不名誉な烙印を押された“Aライン”とは一味違って、同じ牧場生まれとは思えないほど日本の競馬で伸び伸びと個性を発揮しています。いかにもドイツらしい骨太でガッシリ組み立てられた剛球一直線の“Aライン”に対して、“Sライン”は芯の強さをうかがわせますが、こだわらない柔軟性を発揮して変化球にも対応できるイメージですね。

その代表格がスタセリタの一族でしょうか。“Sライン”の10代目ソワニーを母としてフランスで走った彼女は、クリストフ・ルメール騎手の手綱で仏オークスなどG1を6勝した一流牝馬ですが、父系に“Aライン”の血を持つガリレオ系フランケルとの間にソウルスターリングを輩出し、母娘で仏日オークス制覇を成し遂げます。“Aライン”と“Sライン”のシュレンダーハン二本柱が、日本で見事に融合を遂げて鮮やかな大輪を咲かせました。日本馬産界が世界に誇れる大仕事です。ちなみに彼女は、ガリレオ亡き後の世界競馬のリーダー格フランケルの世界最初のG1馬であり、クラシック一番槍となって歴史に名を残すことになりました。持込馬としてスタセリカのお腹の中で来日したサザンスターズも血統の卓越性を証明します。ご存じスターズオンアースが、年上の叔母ソウルスターリングを凌ぐ牝馬二冠を達成、今週の秋華賞で三冠の関門に立ち向かいます。この世界に通用する血をどう成長、発展させていくのか。三冠の向こうに世界の大海原が広がっています。