2022.10.11

ドイツ血統の逆襲

先だっての凱旋門賞は芦毛の5歳牝馬アルピニスタが、懸命に逃げるタイトルホルダーを持ったままの手応えで交わし、そのまま真一文字にゴールに突き進みました。イギリス調教馬なのですが、ドイツ血脈の流れを汲み、ドイツ留学で彼の地のG1を4連勝しているドイツゆかりの馬でした。ご承知のようにドイツでは、牝馬のネーミングには、輸出馬以外は必ず代々受け継いだイニシャル(頭文字)の韻を踏むルールになっています。それだけ牝系を宝物のように大切に扱い、血を繋ぎ改良することに情熱を注いで来ました。その結果、ドイツ血統はヨーロッパを中心に世界に広まり、大きな影響を及ぼすようになっています。

現時点での圧倒的な主流は、凱旋門賞を制覇した名競走馬であり、ガリレオ・シーザスターズを通じて世界を支配し続ける名繁殖牝馬であるアーバンシーから乗り入れられるドイツ血統、名門シュレンダーハン牧場が紡ぎ出した“Aライン”へとさかのぼります。この系統の凱旋門賞における強さは、牝祖アーバンシーとシーザスターズの母仔制覇に始まって群を抜いて他を圧しています。ガリレオは産駒による凱旋門賞1-2-3の離れ業を演じており、エネイブルやフランケルなど二代目たちも飛び抜けた実績を山と積み上げています。近年は2000mの中距離中心に世界のトレンドが移行していますが、それに背を向けるように、依然として2400mのチャンピオンディスタンスにこだわり続けているドイツのレース体系も背景にあるのでしょうね。そういう意味で、アルピニスタの勝利は歴史のエポックメーキングでした。

こうした世界の潮流の中で、ポツンと孤独に異端を貫く結果になったのが日本の競馬です。スピード重視の競馬体系が価値観の中心に君臨し、それとは対極の位置にあるドイツ血統は日本から見れば異端視されて来ました。最近でも世界基準の一流馬と広く認知されたノヴェリストが輸入されましたが、無残な結果に終わろうとしています。どうやら日本はドイツ血統“不毛の地”であったようです。そんな風評の中で、昨日の京都大賞典をヴェラアズールが直線一気の末脚で豪快に差し切ったのには驚かされました。もともと脚元がパンとせず、ダートを主戦場にして来た馬です。芝に戦場を移し替えて半年余り、重賞初挑戦をいきなりモノにしたのは血の成せる業だったのでしょうか。

ヴェラアズールの父エイシンフラッシュは父系と母系の双方からドイツ血統の影響を色濃く受け継いでいます。その父キングズベストがアーバンシーの半弟という血流で、“Aライン”ファミリーの一員なのは無論、その母ムーンレディは父プラティニがドイツが生んだ一流馬としてジャパンCに参戦したこともある“親日派”でした。レガシーワールドが波乱を呼んだ93年のジャパンCでしたが、そのレースには凱旋門賞を勝ったばかりのアーバンシーの姿もありました。プラティニは追い込み届かず4着、アーバンシーは見せ場らしいシーンもなく7着と敗れましたが、その17年後に同じ東京競馬場2400mでエイシンフラッシュが上がり32秒7と前代未聞の末脚でダービーをもぎ取るなどと誰が想像したでしょうか。偶然とは恐ろしいものです。また、偶然が偶然を呼んで、その積み重ねが競馬という予想困難で絶えず想像を裏切るドラマを生み続けているのでしょう。これも競馬の奥の深さのひとつの現れ、ドイツ血統の逆襲から眼が離せません。