2022.10.07

新規蒔き直し

ヨーロッパの秋を紅葉のように熱く燃えさせるタタソールズ・オクトーバー・イヤリングセールが開催されています。凱旋門賞の熱気がまだ冷めない翌々日の4日から昨日6日まで、選び抜かれた1歳馬540頭余りが上場された「ブック1」で開幕し、週末はちょっとひと息入れて2歳チャンピオン決定戦をフルラインナップしたニューマーケット競馬場の熱戦を楽しんで、来週からは「ブック2」から「ブック4」までの競り合いが続けられます。歴史と伝統に彩られた格式の高さを誇るイヤリング(1歳馬)セールで、2年後のクラシックホースや将来の名馬がここから数えきれないほど巣立っています。世界各地から名だたるホースマンが集結することでも有名な名物セール。クラシックの栄光を競う熱い戦いは、もうここから始まっています。

まず「ブック1」全体の流れを振り返ってみましょう。セリ市場というものは競馬場の動きに随分と敏感なものです。まだ余韻の真っ只中にある凱旋門賞を産駒のアルピニスタが快勝し、欧州リーディングサイアーの首位を走るフランケルへの信頼度は圧倒的に高く、高額落札馬ベストテンの上位4位までを含む5頭を送り込んでいます。昨年、絶対王者ガリレオを倒して王座を奪取しました。その新帝王フランケルとリーディングを激しく争っている今季絶好調のドバウィが4頭で続き、残る1頭をロペデヴェガが出しています。日本では地味な印象で受け止められていますが、安定した走りが持ち味で、いわゆる“馬主孝行”な血統として定評があります。11位以下にはキングマンやシユーニなどお馴染みの顔ぶれが登場しますが、このクラスでもフランケルとドバウィのシェアは圧倒的に感じられます。

注目の一番馬はゴドルフィンが280万ギニー≒4億7000万円余という破格値で競り落としたフランケル産駒でした。母ソーミダはドバウィの血を引き、トレンドのド真ん中を射抜く配合になっています。ソーミダも優秀な競走馬でしたが、祖母ダーレミ、曽祖母ダララへと遡る筋金入りの女傑一族なのは魅力です。ダーレミは“女傑対決”となったドバイシーマクラシックで日本馬ブエナビスタの火を噴くような猛追を跳ね返した勝負強さが忘れられません。その半弟リワイルディングは、モハメド殿下の勝負服を風になびかせてシーマクラシック姉弟制覇を実現し、続くプリンスオブウェールズSでは鞍上デットーリの叱咤激励に応えてムーア騎乗のソーユーシンクと熾烈な叩き合いの末、宿敵クールモアにクビだけ競り勝っています。しかし次走のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSで故障落馬し予後不良の悲劇に巻き込まれたのは可哀想でした。ゴドルフィンが超高額の競り合いに一歩も引かず落札した気持ちが胸に沁みます。セリ市場は競馬場の空気を運んでくるだけではなく、人々の心の琴線に響くストーリーを紡ぎ出したりもするようです。

さて今年は日本人ホースマンが、そんな物語のひとつを生み出す主人公を演じてくれました。矢作芳人調教師がその人です。ステイフーリッシュで挑んだ凱旋門賞では無念さに唇を噛み締めましたが、フォレ賞ではエントシャイデンで2年連続3着と、まるで“青天の霹靂(へきれき)”のようなミラクルを体感させてくれました。しかし指揮官にとっては、どちらも満足できるものではなく、悔しさと同時に様々な宿題を手渡された気分だったのでしょう。日を置かずドーバー海峡を越えてニューマーケットに馳せ参じたのは、そのためでした。タタソールズではドバウィの仔を160万ギニー≒2億7000万円で競り落としています。「凱旋門賞を取りたいから」だそうです。夏に開催されたドーヴィルのアルカナセールで一昨年の凱旋門賞馬ソットサスの全弟となるシユーニ産駒を落札していますが、それに続く“凱旋門賞の秘密兵器”第2弾でしょうか?日本産の日本調教馬で凱旋門賞を勝利することが究極の目標かもしれませんが、腹を据えて「凱旋門賞の勝ち方」を知る意味では、ヨーロッパの気候風土を血と肉や骨まで染み込ませたサラブレッドでトライを重ねることも意味があるでしょう。いい意味で“新規蒔き直し”ということでしょうね。