2022.09.26

凱旋門賞前夜【中】

ここ10年くらい凱旋門賞と言えば大種牡馬ガリレオ、さらに深掘りすればその母アーバンシーと祖母アレグリッタの血を引くサラブレッドたちの一人舞台になっています。アーバンシー自身、1993年の凱旋門賞をまったくのノーマークながら内ラチ沿いをスルスル抜け出して、並み居る強豪連を蒼ざめさせました。吉田照哉さんの勝負服を背負って父ダンシングブレーヴとの父子制覇にクビ差2着まで詰め寄ったホワイトマズル、のちにテイエムオペラオーやメイショウサムソンを輩出しサドラーズウェルズ直系唯一の日本での成功種牡馬となったオペラハウスがさらに半馬身遅れの3着でした。欧州テーストをたっぷり盛り込んだ重厚な母系に、アメリカンなスピードを伝えるミスタープロスペクター系ミスワキの配合は、21世紀に入って凱旋門賞の歴史を新たに塗り替える革命を運んでくることになります。

繁殖に上がったアーバンシーはサドラーズウェルズとの間にガリレオを生み、ケープクロスとの交配でシーザスターズを送り出します。前者はヨーロッパを代表する卓抜した持久力を伝える名血、後者はジャックルマロワ賞で日本調教馬タイキシャトルに世紀の大金星を捧げたマイラー、天と地ほどもかけ離れた血統構成の両馬ですが、2000m級や 2400m級のチャンピオンディスタンスに無類の勝負強さを発揮するのは、見事に共通しています。卓抜なスピードを天賦の才とし、それを持続させるスタミナを備えているからです。しかし父サドラーズウェルズを超える大種牡馬に成長したガリレオも、実は凱旋門賞では苦戦が続きました。しかし2016年にアイルランドの巨人エイダン・オブライエン調教師が、ライアン・ムーア、シーミー・ヘファーナン、ランフランコ・デットーリの名手3人を鞍上にガリレオ3頭出しの冒険にチャレンジし、目を見張らせるような鮮やかなチームプレーでガリレオ1-2-3の歴史的快挙を達成します。スピードと持久力を飛び抜けたレベルで兼ね備えていなければ凱旋門賞は勝てないという新しいページが開かれました。

もちろん前兆は少し前から見え隠れしていました。ガリレオの半弟シーザスターズが無敵の8連勝でロンシャンの直線を駆け抜けると、翌年はアーバンシーの半弟キンズベストが日本のナカヤマフェスタをアタマ抑え込みます。キングズベストは同じ年に日本ダービーを稲妻の末脚で突き抜けたエイシンフラッシュも出しており、アーバンシー牝系の奥底深い“世界性”をアピールしました。劇的なガリレオ1-2-3が世界を驚愕させた16年以降は、ガリレオ系ナサニエルのエネイブルが連覇達成、その翌年はガリレオ直仔ヴァルトガイスト、続いて母父ガリレオのソットサスとガリレオ=アーバンシーファミリーがどんどんと裾野を広げているのが世界血統地図の現状です。とくに今年の凱旋門賞には、その世界的なトレンドを象徴するようなサラブレッドが出走して来ます。本番と同コース同距離のG1パリ大賞を勝ったオネストいうフランス地元馬がその馬です。今年のパリ大賞はハイレベルともっぱらの評判なのもオシ材料ですが、魅力はその華麗な上にも華麗な血統にあります。父系はフランケルからガリレオ経由でアーバンシーに遡ります。母オンショワーはシーザスターズの娘ですから、オネストはガリレオ≒シーザスターズ2X2と超近親(異父兄弟)交配で、アーバンシー3X3の牝系クロスの持ち主。濃いめのクロスを余り気にしないヨーロッパでも稀少な“血統大冒険”と言えそうです。

昨年は想像を絶する極悪馬場で非ガリレオ系のドイツ血統馬トルカータータッソの一発大駆けが決まりましたが、小差の3、4着にはガリレオ系フランケルのハリケーンレーンとアダイヤーが続いています。シーザスターズを含めてアーバンシー族の進撃と領地拡大は、下火になるどころか勢いを増していきそうです。これまで延べ29頭が挑戦して29戦29敗と優勝トロフィーに手が届かない日本調教馬ですが、もう長い間、雨が多いヨーロッパの秋の気まぐれな気候と、それによりパリロンシャンの重く粘り脚にまとわりつく馬場が、最大の壁だと言われ続けてきました。そういう一面がなかったわけではありませんが、述べて来たように、世紀が変わって凱旋門賞の本質が微妙に地殻変動を続けています。“馬場”ではなく、“スピードとその持久性”という新視点から眺めると、日本調教馬の立ち位置はどんなものになるのか?明日は、そのあたりから考察を進めます。