2022.09.07

名門牧場の勢いが止まらない!

レース直前の緊迫の中での思わぬ落鉄、そしてテンション・マックスの渦中での蹄鉄打ち替え、馬券を握りしめたファンが脳裏で案じたように絵に描いたような大出遅れ、そんな波乱の幕開けで始まった70秒足らずのドラマに、誰も想像すらできなかった破天荒な幕切れが待っていました。いま思い出しても震えが来るようなロンドンプランの疾風怒濤(しっぷうどとう)の末脚でした。そういえば父グレーターロンドンの破壊力ほとばしる豪脚に生き写しだね、ゴールを過ぎたところで少し間抜けな感想が浮かびました。人間は想像を超える衝撃に直面とすると、正常な思考力を失い、ほとんど意味もないことを、取り止めもなく思い浮かべるようです。

それほどの衝撃だったG3小倉2歳Sの直線、全馬を末脚一閃で斬り捨てたロンドンプランは、父グレーターロンドン、母パッションローズともに根っからの下河辺ブランドで固められた生え抜きの血筋です。父は下河辺が誇る名牝ロンドンブリッジとディープインパクトの間に生まれた期待の良血馬です。その半姉ダイワエルシエーロはオークス馬に輝き、全姉ブリッツフィナーレ(競走名=レッドラファール)は菊花賞馬キセキの母であり、その父ディープインパクトに母父としての重賞初制覇をプレゼントしたロンドンブリッジの正統後継たる名繁殖です。この配合から誕生したロンドンプランは、創業が日本ダービー開設の翌年という老舗中の老舗・下河辺牧場にとっては宝物のような存在なのでしょう。あえてオーナーブリーダーとして走らせる思いも理解ができます。下河辺牧場の勢いが止まりません。

思えば18年7月にグレーターロンドンが中京記念を直線一気の豪脚で差し切ったのを最後に、足かけ4年も重賞制覇の歓喜から遠のいていた下河辺牧場の生産馬ですが、今年4月のG2マイラーズCでソウルラッシュが道悪をパワーでねじ伏せる波乱を呼んで久しぶりの美酒を味わうと、思い出したように生産馬たちに勢いが出て来ます。夏競馬を迎えて、今度は交流重賞のG1ジャパンダートダービーの大舞台を金子真人オーナーにセレクトセールで購買されたノットゥルノが好位から鮮やかに抜け出します。下河辺らしくストームキャットを抱えた牝系は、アメリカの上級G1に華麗な実績を積み上げており、秋のさらなる飛躍が待ち遠しい良血馬です。同じ7月の小倉に場を移したG3・CBC賞では、売り出し中の今村聖奈騎手を背にしたテイエムスパーダが日本レコードの金字塔を打ち立てます。他牧場の生産馬ですが、父レッドスパーダは下河辺ブランドの快速マイラーです。これまで必ずしも配合相手に恵まれたとは言えないのですが、少ない産駒数ながら勝ち上がり率が高く、遂には重賞制覇の金看板をも手中に収めました。

重賞になるとチョット運のなさに泣いてきたヴェントヴォーチェが、札幌のG3キーンランドCでは人気落ちを嘲笑うように差し切りを決めます。そして翌週が小倉2歳Sの大逆転劇です。夏の2カ月ちょっとの間にレッドスパーダの分も含めると下河辺牧場ユカリの血が重賞4勝、ダノンシャークの京都金杯と富士S、アユサンの桜花賞、ヒラボクディープの青葉賞、レッドスパーダの関屋記念などで勝ちまくった2013年の年間5勝に迫る勢いです。これは止められません。結果として、生産者リーディングのランキングが跳ね上がるのは、ごく自然な成り行きです。現時点でノーザンファーム、社台ファームの二大巨頭に次いで3位に食い込んでいるのは立派を通り越して偉大です。そもそも生産頭数がケタ違いの上、繁殖牝馬の質にも大きな差がつき続けています。質量ともに劣勢な中では、局地的(部分的)な戦いにならざるを得ないのですが、そこで一定の戦果を残すのは並大抵ではありません。ましてイキモノ相手の予測もできない連続、日々のルーティンを延々と繰り返す中で、どれだけの工夫や研究や研鑽を積み重ねて来たのか、想像もできません。老舗の名門牧場の奮闘にエールを贈りたいと思います。