2022.09.05

フィナーレ(終章)からプロローグ(序章)へ

長いようで、アッという間だった夏競馬ですが、今年もいろいろな思い出を刻んで幕を閉じました。北の大地を舞台にクラシックホース輩出の“揺りかご”と評判が高まるG3札幌2歳Sは、ドゥーラが若駒らしからぬ洗練された完成度を披露して堂々たる正攻法で勝利への扉を押し広げました。ドゥラメンテは3世代連続で重賞制覇の快挙です。菊花賞のタイトルホルダー、桜花賞・オークス二冠のスターズオンアースに続いて3世代連続クラシック馬誕生の金字塔が打ち立てられるのでしょうか?つくづく早逝が惜しまれます。一方、南国・小倉では新種牡馬グレーターロンドンが送り込んだロンドンプランが、落鉄や大出遅れなど致命的なアクシデントを吹き飛ばす、直線一気の差し切りを決めています。走破時計は1分08秒1と少し地味でしたが、上がり33秒1と電光石火の切れ味は、この先もずっと、夏が来るたびに語り草になるでしょう。とんでもなく破天荒なヒーローが出現したものです。南北でヒーロー続々の今週は、夏競馬のフィナーレ(終章)というよりは、来るべきワクワクドキドキの秋競馬プロローグ(序章)といった趣きでした。

秋競馬へのワクワクさせられる期待感は重賞レースばかりから発信されるとは限りません。ファンの度肝を抜いた大逆転劇の“宴の後”に、もう一つの“衝撃”がヒタヒタと脳裏に沁み込むのを感じたファンも少なからずいらっしゃったと思います。日曜の小倉第2レースは、距離1200mと小倉2歳Sと同条件の2歳未勝利戦の出来事でした。ポンと出てハナを奪うと、オイデオイデで後続馬を寄せ付けず1分07秒9の好時計で3馬身の着差以上に余裕を感じさせる内容で圧勝したのがペースセッテイングでした。その日の小倉競馬場は良馬場でスタートしましたが、台風の影響による前日の雨が徐々に渇いていく状態で、一般的に後半のレースほどスピードに乗りやすかったようです。それでいて最高レベルの重賞レースより速く走破した、最下級レースの勝ち馬には改めて注目せざるを得ません。

ペースセッティングは、母ジェットセッティングがクラシック馬という由緒正しい貴公子です。母の同期にマインディングというエイダン・オブライエン厩舎のガリレオ産駒がいました。2歳時に牝馬G1を総ナメにすると、3歳春は英1000ギニー1600mとオークス2400mの二冠を制覇、夏は古馬相手にプリティポリーSとナッソーSの2000m級G1を連勝し、実質2カ月の短期間にマイル・中距離・長距離の三階級制覇を成し遂げてしまいす。このカテゴリーを問わない柔軟な汎用性を評価されて、その年の欧州年度代表馬馬に輝いた天才馬でした。この天才少女と愛1000ギニーで伝説の激闘を演じたのがジェットセッティングでした。彼女は勢いよくゲートを飛び出すと全馬を引き連れて逃げに逃げます。マインディングがジワジワとポジションを上げて並びかけて来たのがラスト2ハロン地点。そこから2頭は馬体を接して、一完歩ごとにハナ差が入れ替わる、火を吹くように熾烈な叩き合いを演じます。ゴール寸前でジェットが死力を振り絞る乾坤一擲(けんこんいってき)の一完歩でアタマ差し返して決着します。彼女はこの世紀の大金星を最後に勝利から見放されますが、ポテンシャルの高さは産駒を通じて脈々と伝えられることになります。ペースセッティングはもちろん、現1歳の弟であるフランケル産駒にも注目したいと考えています。

ペースセッティングは世紀の“ジャイアントキリング(大物食い)”を成し遂げた母とショーケーシングの間に生まれています。早熟のスピード血統を素直に伝えるオアシスドリーム系の中堅種牡馬として、ヨーロッパでは安定した人気を誇っています。産駒が日本で走るのはペースセッティングが初めてで、掴みどころがボンヤリとしていますが、由緒正しさは筋金入りです。その物語は、フランケル・キングマンを保有し世界の頂点を争うジュドモントファーム、その名門を率いるハーリド・ビン・アブドゥッラー殿下の頭上に輝く生涯6勝の凱旋門賞において、最初の歓喜をもたらしたダンシングブレーヴの娘ホープが送り出した2頭のサラブレッドから始まります。後に7戦7勝で不敗の凱旋門賞馬となる天才少女ザルカヴァを輩出するザミンダールとの配合で仏1000ギニー馬ゼンダを出します。ゼンダは繁殖に上がり、アブドゥッラー殿下とは同郷サウジアラビアのファイサル殿下のオーナーブリーダー馬インヴィンシブルスピリットとの間に、8戦7勝の快速馬キングマンを送り出すことになります。ゼンダ誕生の翌年、快速ダンチヒの後継グリーンデザートとの間にオアシスドリームが生まれ、彼はジュライC、ナンソープSなどスプリントG1を3勝して、ジュドモントの種牡馬拠点であるバンステッドマナースタッドに戻り、昨年はヨーロッパ2歳チャンピオンに君臨し、今年は愛2000ギニー馬に輝いたネイティヴトレイルを送り出すなど22歳ながら現役バリバリです。名生産者、名オーナー、名伯楽が丹精込めて紡ぎ上げてきた血の不思議は、ショーケーシングにも、そして彼を通じた子孫たちにも伝わっているはずです。そんなこんなも含めて、秋競馬の楽しみがひと回り膨らめばいいなぁと思っています。