2022.08.26
遙かなるカントリー牧場
昨日は笠松競馬場を舞台に、東海公営三冠シリーズの最終戦・岐阜金賞(ダ1900m)がおこなわれ、オルフェーヴル産駒のタニノタビトが3コーナーから捲り気味に進出し、上がり馬コンビーノとの叩き合いをアタマ振り切って栄光の三冠ゴールへ飛び込みました。JRA三冠達成の父オルフェーヴルには比べられませんが、偉業達成は見事です。おめでとうございます。元をたどれば、曽祖母タニノシスターを基礎牝馬として、祖母タニノエクセレント、母テーブルスピーチと代を重ねてきたカントリー牧場の珠玉の牝系です。カントリー牧場は先代の谷水信夫オーナーが1963年に創設したオーナーブリーダー牧場で、後継者の谷水雄三オーナーとの二代半世紀の間にタニノハローモア、タニノムーティエ、タニノギムレット、ウオッカと4頭ものダービー馬を送り出しています。タニノタビトは父オルフェーヴルがご存じ三冠馬であり、祖母の妹にダービー父娘制覇を成し遂げたウオッカがいます。母はそのウオッカと同じカントリー牧場生産、角居勝彦厩舎所属で、ウオッカの良さも凄さも肌で知り尽くした身近な後輩でした。タビト自身はカントリー牧場閉鎖後の生まれですが、出自としては遥かカントリー牧場に辿り着く系譜の持ち主。クラシックシーズンを迎えると、にわかに血が騒ぎはじめるファミリーです。
ご承知のように、タニノタビトは谷水雄三オーナーの勝負服で2歳7月の函館で中央デビューを果たしますが、ドンジリに惨敗し、この1戦だけでオーナーが変わり名古屋の角田輝也厩舎に移籍します。そのあたり、どんな判断があったか分かりませんが、気ムラなオルフェーヴル産駒だけにレースに対する集中力に欠けるところがあったのでしょうか。移籍2戦目に初勝利を飾りますが、その後は10連敗と目が出ないまま、気がつけば3歳2月とクラシックの足音がすぐ近くで響きはじめます。このままではクラシックなど夢のまた夢、出走すら怪しい状況に追い込まれました。
しかし「人生は塞翁が馬」、何が幸いするか分かりません。春の声とともに体調が上向くとともに、勝ちあぐねている間に対戦メンバーのレベルが落ちてきた幸運にも恵まれて特別戦を2連勝、クラシック第1弾・駿蹄賞(ダ2000m)に滑り込みます。新競馬場に移転して新設距離と初モノづくし、人馬とも手探りの一戦でしたが、ベテラン岡部誠騎手に導かれたタビトはコースを読み切って他馬を寄せ付けず、4コーナー先頭から大差にちぎってレコード勝ちで第一関門を突破します。続く第二戦は世代頂上を競う東海ダービー(ダ2000m)。前走と同コース同距離とあって堂々の1番人気に推されます。しかし一介の伏兵に過ぎなかった前走とは異なり、今回は単勝1.2倍の圧倒的人気ですから、マークの厳しさは比較になりません。直線は前走1番人気で2着だったイイネイイネイイネとのマッチレースとなりますが、辛うじてアタマ差だけ凌ぎ切って二冠制覇を成し遂げます。血統というのは恐ろしいモノです。クラシックの声を聞くと、つい数ヶ月前の凡走を重ねていた頃の散漫なレースぶりとは見違えるほど集中力が増し、勝負根性に磨きがかかってきたようです。
地方競馬全体で見れば、三冠馬出現は珍しくないのですが、来年の2歳戦を起点に再来年のクラシックに至る番組体系の大きな改革がスタートします。羽田盃、東京ダービーの南関東二冠レースは、中央在籍のままでも出走権を与えるとともに賞金大幅アップに踏み切り、現存のJpn1ジャパンダートダービーを秋に移設して、新たな三冠体系を構築しようという大胆な構想です。達成馬にはボーナス賞金も用意されているようで、金字塔樹立で総額3億円と破格の賞金が贈られます。出走機会を求めて、早い時期に地方転厩するなどの無理を重ねることなく、ダート路線の充実を図ろうというプランです。こうした壮大な番組改革が進められると、クラシックの重要性は増し、その価値が高まっていきます。クラシック血統という競馬の伝統的な価値観の見直しが始まっていくのでしょうか。