2022.08.09
最強2歳馬列伝
昨日からご紹介してきたように、毎年ヨーロッパの2歳G1シリーズで先陣を切って最初の開催となるアイルランドのフェニックスSは、仕上がりの早さや完成度の高さ(成熟性)や、クラシックの頂点を極める絶対能力の奥の深さ(成長性)を満天下に告げ知らしめる桧舞台として知られています。サラブレッドにとって、成熟性と成長性は、一見して相反するファンクターとも考えられますが、それぞれの濃淡はあれ、二つながらに備えていることが優劣の決定的な分岐点とも言えます。それを見極める場としてのフェニックスSが、古くから「種牡馬選定レース」として高い価値を与えられてきた由縁です。
さて、今年のフェニックスSは5頭立てと少頭数ながら、魅力あふれる素質馬が居並ぶハイレベルな一戦なりました。ところが前評判を裏切るように結果はアッサリしたものとなりました。ゲートが開いた瞬間に、リトルビッグベアがサッと半馬身ほどリードを奪い、そのままスピードに乗って気持ち良く全馬を先導します。名門エイダン・オブライエン厩舎肝入りの早熟血統ノーネイネヴァー産駒で、賢く素直でスピード豊かな、サラブレッドとして素晴らしい完成度の持ち主です。後続が懸命に仕掛けて追いすがりますが、鞍上ライアン・ムーアのゴーサインで一瞬に馬群置き去りにして、楽々と突き放しゴールを目指します。最後は軽く流して、それでも7馬身の大差がついていました。風のように軽やかな瞬発力です。圧勝でした。リトルビッグベアの異次元の走りに、「タイムフォーム・レーティング」は126pポンド(pは“伸びしろ”を現すプラスの略)と飛び抜けた評価をうやうやしく捧げています。
競馬の母国イギリスでは、競馬情報の老舗「タイムフォーム」誌によるレーティングが、伝統的に非常に高い権威を認められており、本国にとどまらず世界中のホースマンから厚い信頼を寄せられています。その「タイムフォーム・レーティング」を参考に“歴代最強2歳馬”をランキングしてみると、19年に無敗の4戦4勝でチャンピオンに上り詰めたピナトゥボ(父シャマーダル)の134ポンドが歴代最高です。ただし「1400mまで」と注釈が付きますが。文句のない2歳王は10年のフランケル(父ガリレオ)の133pポンドでしょう。デビュー戦を叩かれ13馬身差、10馬身差とワンサイドゲームの連続で不敗街道を走り始めた怪物のパフォーマンスに驚かされました。ピナトゥボの134ポンドに一歩譲る形ですが、その後の距離適性の幅を含めた成長力で大きく上まっているのは、誰一人異存のないところでしょう。
リトルビッグベアの曽祖父ヨハネスブルクは127ポンド評価ですが、7戦7勝でアイルランドのフェニックスSに始まって、フランスのモルニ賞、イギリスのミドルパークS、締めはアメリカのBCジュベナイルと4カ国のG1を勝ちまくりました。フランケルが遂に母国イギリス以外の競馬場には不出走だったことを思えば、2歳馬の身で大西洋を往復するなど転戦を重ねた精神力の逞しさには、頭の下がる思いです。同じ127ポンドのニューアプローチも5戦5勝で2歳チャンピオンに輝いた上に、ダービーを戴冠して3歳チャンピオンに、さらに古馬を向こうに回して英愛それぞれの頂上決戦であるチャンピオンSを連勝して全世代を従える絶対王者に君臨しています。これら偉大な先輩たちの前では、リトルビッグベアの「126p」は少し地味に映りますが、先達がいずれも2歳時全体を対象としているのに対して、彼の2歳時はまだ半分程度しか過ぎていません。これから大きくステアップする可能性も、逆に評価転落のリスクも両方あります。しかしいずれにしろ、1人の風のようにカラ競馬場を走り抜けたリトルビッグベアの未来が楽しみで仕方がないというのが本音です。