2022.08.08
競馬立国戦略を考察する
毎年8月第1週の週末は、ヨーロッパにおける2歳G1シリーズの開幕戦として名高いG1フェニックスSが、アイルランドのカラ競馬場で行われます。フェニックスSは距離1200mの競走条件や開催時期の8月から、日本人ファンだと函館2歳Sとか小倉2歳Sをイメージさせられそうですが、後のクラシック馬や人気種牡馬を多数輩出するなど、その実態はイメージとかなりかけ離れています。そもそも、せん馬に出走資格がないことから分かるように、レースの位置付けとしては「種牡馬選定レース」の趣きの色濃い重要な一番です。デインヒルとガリレオの両長期政権の狭間でリーディングサイアーに輝いたデインヒルダンサー、名種牡馬スキャットダディを通じて最先端のサイアーラインを築いているヨハネスブルグなどの大物を輩出しています。最近でもスキャットダディ系から昨年のカラヴァッジオ、今年のスーネーションとフェニックスS出身馬が新種牡馬チャンピオンを次々と誕生させています。こうした歴史的背景もあり、フェニックスSのブランド価値はますます高まり、この効果で出走馬のレベルも年々充実して、さらにブランド力が向上する流れが、ほぼ出来上がっています。
ご存じのように、アイルランドはクールモアやゴドルフィンの二大勢力、さらにアガ・カーン殿下など有力オーナーブリーダーが生産拠点を置く“競馬王国”として名が通っています。国土の約半分が牧場と牧草地が占めているように、サラブレッド生産を国の最重要産業と位置付けて、最近まで40年間にわたって種付け料収入の無税化などの手厚い保護政策により“競馬立国”を推し進めて来ました。ちっぽけな島国アイルランドが、アメリカ、オーストラリアのような広大に国土に恵まれた大陸立地国に次ぐ世界3位の生産頭数を誇り、優秀なサラブレッドを世界中に安価に供給できる秘密を解くカギが、実はここに秘められていそうです。セレクトセールなどで見聞きする消費税10%の重みを思うと、アイルランドの戦略の威力のほどが素直に理解できる気がします。
国を挙げての競馬振興策、さすがにEUの他国から「自由競争を阻害する」とクレームが続出し12.5%の種付け税が導入されましたが、長年にわたる“競馬立国戦略”が、サドラーズウェルズ・ガリレオ父子による“超長期絶対政権”を可能にし、クールモア流ビジネスの大成功を支えたのは間違いがありません。税制面に加えて、番組面でもフェニックスSのような「種牡馬選定レース」や「繁殖牝馬選定レース」を節目節目に設定したり、考えられる限り多面的なアプローチから、競馬を後押ししてもらった豊穣な実りでした。
今年のフェニックスSは5頭立てと少頭数になりましたが、ロイヤルアスコットの伝統の名物レースG2コヴェントリーSで白熱の追い比べを演じたメンバーを中心に、完成度の高い早熟血統から実績馬、素質馬が揃い、なかなかハイレベルな顔ぶれになりました。人気はコヴェントリーSで強い勝ち方をしたブラッドセル、鞍上が女性騎手第1人者のホーリー・ドイルさんで好調ぶりが光る近況も手伝って人気を後押ししているようです。コヴェントリーで2着に食い下がった堅実派ペルシアンフォース、名門クールモアからライアン・ムーア騎乗のリトルビッグベア、アガ・カーン殿下のシャータッシュも目を離せません。
この続きは明日。