2022.08.04

甦える不死鳥血統

昨夜、門別競馬場にお出かけされた方は、二度と見られないはずの光景を目撃して、感動に身震いされたことでしょう。競馬好きなら誰もが羨むほど本当に良いものをご覧になれて(多分馬券も的中したでしょうから)二重に嬉しく、蒸し暑さも吹き飛ぶ爽快な真夏の一夜になりました。その真夏の夜の夢が現実になったのは、日本唯一の馬産地競馬場・門別の最終12レースに組まれた「平取すずらん特別」ダート1800mでのことでした。ドキドキしながらパドックで待ち受けるファンの前に、スーパーステションが姿を現します。一昨年10月の重賞「瑞穂賞」を3馬身差で快勝して以来の競馬場ですから、実に1年10ヵ月ぶりの実戦です。長い休養の間に、気がつけばもう8歳になっていましたが馬体は若々しく、その透き通るような薄手の皮膚を通して気力が弾け出しそうです。もともと500キロ前後と馬格に恵まれ見栄えのする馬ですが、超久々でも、さすが心身ともに鍛え抜かれた歴戦のアスリートらしく、太め感なくスッキリと仕上がって臨戦態勢は万全のように感じられます。

レースはアッサリ終わりました。スタートするやサッと先頭を奪った阿部龍騎手とスーパーステションは、ベテランらしく力むところもなく淡々と走り、直線でも風が舞うように飄々(ひょうひょう)と走り抜けて1年10ヵ月前と同じ3馬身差でゴールします。走破時計の1分52秒6は、自身の最高タイムを記録した1年10ヵ月前の瑞穂賞での1分52秒3に見劣りしない優秀なものでした。少なくともレースぶりや数字上の比較では、力は全く衰えていないことになります。

ここまで13もの重賞を勝ちまくり、ホッカイドウ競馬の頂上レース・道営記念も制して年度代表馬に昇り詰めたほどスーパーステションですが、デビュー戦こそ勝ったものの、そこから7連敗と2歳時は散々な結果に終わっています。これでは道営版ダービーの北海優駿にも間に合わず、下級条件をコツコツと勝ち上がって、徐々に力をつけていきます。晩成タイプだったのでしょう。同世代同士ではソコソコの勝負をしていましたが、古馬相手でも貫禄負けせず本格化したのは4歳時、6戦ある古馬重賞を全勝して“北斗の王”に君臨します。翌年も古馬重賞シリーズを5連勝しますが、ファイナルラウンドの道営記念を前に故障で休養入りします。考えてもみなかった1年10ヵ月のブランクの始まりでした。

父カネヒキリはディープインパクトと同い年に生まれ、同じ金子真人オーナーに所有され、芝とダートの違いはあれど同じようにビッグレースを勝ちまくったことから、“砂のディープ”の二つ名で親しまれた名馬でした。しかし走る馬の宿命とも言われる「屈腱炎」を患い、最先端ゆえリスクも大きかった腱移植手術にチャレンジして競馬場に帰ってきた不屈の魂の持ち主でした。フェブラリーSで名勝負を演じた若きライバルだったカジノドライヴも、天性のスピードゆえなのか屈腱炎を患って腱移植手術にチャレンジしていますが、彼の場合は不幸にも天翔けるようなスピードを取り戻すことは叶いませんでした。当時はまだ手術例も希少で成功の保証はない難治の病だったのです。手術を受ける馬も大変ですが、決断する馬主さんの精神的重圧も並大抵ではないはず。スーパーステションは手術こそ避けられましたが、馬にも人にも辛い1年10ヵ月だったことは同じでしょう。この先は“悠々自適”とは行かないでしょうが、無理せず怪我なくファンを楽しませてくれればと思います。不死鳥のように蘇ってくれた、この一事で十分です。願わくば、早逝したカネヒキリの後継馬として不死鳥血統を繋いでくれたら嬉しいのですが。