2022.07.25
血統の進化が止まらない
先週末のアスコット競馬場、前半戦を締めくくる初夏の大一番・キングジョージ6世&クイーンエリザベスSは、人気を集めた伸び盛りの3歳勢が総崩れ、最低人気のパイルドライヴァーが直線で威風堂々と抜け出して後続を寄せ付けない横綱相撲で完勝しました。デットーリ騎手が絶賛するようにポテンシャルが高いのはレースの端々に片鱗を窺わせるのですが、少し不器用な面もあって取りこぼすことも多く、“ムラ馬”の印象が強いのも確かです。しかし単なる“気分屋”ということでもなくて、常に自分の力だけは出そうとする愚直なまでの古武士の佇まいを備えており、エプソムのG1コロネーションC、アスコットのG2キングエドワード7世Sなどタフなコースを舞台とする底力勝負に強みとしており、流れが向けばここ一番での大仕事をやってのけます。
こうしたプロフィールからは、伝統に育まれた由緒正しい血脈を想像しますが、スプリント血統から突然変異のように現れた異能のステイヤーというのが、パイルドライヴァーの隠れもない正体です。父ハーバーウォッチは、今や欧州スプリント血統の大黒柱に発展したアクラメーション系を出自としています。この系列からは、ダークエンジェル、エクィアーノ、アクレイムなど早熟で2歳リーディング戦線の上位常連を数多く輩出しています。ハーバーウォッチ自身も2歳時3戦3勝と仕上がり早い早熟の快速馬として活躍しています。しかし種牡馬としては香港でマイルG1を3勝したワイククを出して、一介のスプリンターで終わらない雰囲気を漂わせていました。G1勝利はいずれも、香港が世界に誇るビューティージェネレーションやゴーロデンシックスティを破って相撲で言えば座布団が乱舞する大番狂わせを演じています。“大物喰い”の系譜なのでしょう。パイルドライヴァーの“生きざま”に重なります。これで凱旋門賞まで勝つようだと、正真正銘の“世紀の”大番狂わせ”になります。
こうした突然変異という名の“進化”が出現することもあるので、競馬や血統は一筋縄で行きません。土曜の小倉新馬戦でヤクシマという馬がデビュー勝ちを決めました。スタート一息で後方からの競馬になったのですが、完成度の高いレースっぷりで、加速ラップを刻んだ上がり勝負を楽々と差し切っています。見た目にも大人びて、右も左も分からないフレッシュマンの群れに、1頭だけ歴戦の古馬が混じっているような錯覚に捉われました。勝負にならないのも当然です。父ハヴァナグレーにとっては日本初出走初勝利となります。
ハヴァナグレーは現2歳がファーストクロップとなる新種牡馬ですが、ヨーロッパではちょっとした旋風を巻き起こしています。仕上がりの早さに傑出して、勝負勘は抜群、勝ち上がり頭数は他を寄せ付けないハイアベレージを誇り、ヨーロッパ2歳リーディングサイアー戦線を稲妻のように切り裂く活躍を見せています。遡ると父ハヴァナゴールド、祖父テオフィロ、曾祖父ガリレオという血統になります。英ダービー馬を5頭も出し、ロイヤルアスコットの距離4000mと最長距離G1でもしばしばエリザベス女王からカップを贈られているガリレオの末裔から2歳戦スペシャリストが登場しています。血統の進化に休みはなく、その可能性もわれわれ人間の想像を遥かに超えていくもののようです。その先の先に聳え立つのが、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSであり、凱旋門賞であり、と考えると日本生産馬・日本調教馬での制覇がいっそう価値の高いものであるように思われて来ます。