2022.07.20

ガリレオの時代【中】

ガリレオがニューアプローチが父子制覇となるダービー勝利を原動力に、初めて英愛リーディングサイアーに輝いたのは2008年のことでした。リーディングサイアー14回とヨーロッパを完全制圧していた偉大な父サドラーズウェルズを破って、南北両半球を跨いで支配下に収めたデインヒルの巨大な壁を突き破っての王座奪取でした。ちなみにデインヒルはガリレオ最高傑作フランケルなどの母の父として黄金ニックスを誇り、絶対王者の威信を12年間も守り続けた最高のバディ(相棒)でもありました。こうした血統が織り成す縁の絆は、不思議なことに輪廻にも似て、どこまでも付いて回るようです。

昨年7月、絶対王者ガリレオが病に斃(たお)れ没しても、残された世代はデビュー前の当歳馬を含めて、向こう数年間はフルラインナップで臨める盤石の陣容を備えており、当分は彼の王座は安泰だろうと考えられていました。しかしイギリスを中心に猛威を振るったコロナ禍とその余波が続き、競馬開催が暗礁に乗り上げ、中でも馬の面倒を見る厩舎スタッフやジョッキーなど人の移動が困難を極めました。昨日も考察したように、コロナ被災はどの馬も同じなのですが、実戦を使われながら成長するガリレオのようなタイプの血統、その中核を占めるエイダン・オブライエン厩舎のように世界各国を渡り歩く国際派のリスクは想像以上に大きなものがあったようです。オブライエン師はチーム編成を大幅に組み替えて、イギリスは主戦騎手ライアン・ムーアを中心にランフランコ・デットーリやジェームズ・ドイルのアシストを得て切り回し、アイルランドはセカンドジョッキーのシーミー・ヘファーナン以下のメンバーで、フランスは旧知のメンディバザルやバルザローナに依頼して、人の移動を伴わないフォーメーションを構築します。しかしそれにも限界があります。ガリレオ軍団とチーム・オブライエンは近年にない不振に陥ります。

そんな中で急浮上したのが、皮肉にも宿命のライバル・ゴドルフィンでした。英ダービーとキングジョージ6世&クイーンエリザベスSをアダイヤーが圧勝し、愛ダービー、パリ大賞、英セントレジャーをハリケーンレーンが3連勝して、牡馬戦線をロイヤルブルーの勝負服が席巻しました。ともにガリレオ系フランケルの産駒でした。この年、フランケルは“不倒の絶対王者”ガリレオを破ってリーディングサイアーの座に就きます。考えてもみなかった突然の番狂わせ、想像もしなければ心の準備もないままの世代交代劇でした。

ご承知のようにフランケルはワンサイドの圧勝続きで14戦14勝、怪物と恐れられ尊敬された稀代のサラブレッドです。初年度産駒から大物の風貌を漂わせる傑物を次々と輩出して来ました。驚いたのは産駒のG1、クラシックの世界初勝利がともに日本を舞台に実現されたことでした。藤沢和雄厩舎のソウルスターリングが阪神ジュベナイルフィリーズと優駿牝馬(オークス)で達成したものです。「世界のあらゆる場所で卓抜した能力を発揮するが、ただひとつ、日本だけは走らない」と言われ続けた祖父サドラーズウェルズ、父ガリレオの“呪縛”が解けた瞬間でした。遂に日本の地にもガリレオ系の花が開き、未来への種が根づいたのです。以後もモズアスコットが芝の安田記念とダートのフェブラリーSを勝ち、グレナディアガーズは朝日杯フューチュリティSを制覇してG1勝利数を着実に加算しています。この日本発のフランケル旋風は、どういう道程を経てガリレオの“絶対帝国”を覆えすような盟主交代劇に結び付けたのでしょうか?