2022.07.05

型破り一族の蹄跡

今から20年くらい前のお話になります。20世紀から21世紀への変わり目の頃の日本競馬が直面していた大きな課題は、競馬場で優秀な成績を積み上げて今は牧場に溢れ返っているサンデーサイレンス牝馬の花婿探しでした。非サンデー系のエースとして存在感を誇るキングカメハメハはまだ生まれておらず、ミスタープロスペクター系のスピード血統を中心に白羽の矢が立てられ積極的に導入が進めらました。安くない買い物ですから、リスクヘッジとして先に競走馬としては輸入された産駒が華々しい活躍をした種牡馬の評価が自然と高くなったようです。00年に輸入されたエンドスウィープはサウスヴィグラスがダートスプリント界で重賞8勝と息長く走りました。翌01年輸入のフレンチデピュティは怪物クロフネの父として熱い視線を集めていました。

03年に日本の土を踏んだスウェプトオーヴァーボードの場合は、少し事情が違いました。父エンドスウィープが素晴らしい仔を次々と出しながら、わずか3世代を残しただけで放牧中のアクシデントで急死します。遺児たちはデビュー前でしたが、初年度産駒には宝塚記念で全盛期のハーツクライ、ゼンノロブロイの二強を差し切ったスイープトウショウ、2年目には桜花賞とNHKマイルCを連勝したラインクラフト、そしてラストクロップにジャパンCのアドマイヤムーンが控える凄いラインナップでした。直ちに関係者がアメリカに飛び、エンドスウィープ後継馬として直系のスウェプトを、慌ただしく緊急輸入します。なにせ急場のことですから、1200mと1600mのG1をともにレコードで圧勝しているスピード馬という以外に、詳しいことは後の話ということだったとしても止むを得ないでしょう。

そうした逸話が尾を引いたのか分かりませんが、血統や実績から想像する産駒のイメージと実際の姿に大きな落差があるのもスウェプトのこども達の特徴的なキャラクターになっています。ご存じのようにオメガパフュームはダート分野チャンピオンディスタンスである2000mのG1東京大賞典4連覇の大偉業を達成し、同じ条件のJpn1帝王賞も手中に収めています。ケンタッキーダービー、ブリーダーズカップクラシック、ドバイワールドカップなどダートの最高峰レースはすべて距離2000mで行われますから、世界標準の大記録ですね。リッジマンが3600mのG2ステイヤーズSを勝ったのには驚かされました。パドトロワの直千G3アイビスサマーダッシュと合わせると、日本の最長距離と最短距離の重賞を制覇した唯一の種牡馬になります。“常識外れ”というか“型破り”というか、ユニークさは天下一品です。バドトロワはJRA、海外、交流と異空間で重賞3連勝中のダンシングプリンスを送り出しましたが、これも甚だしく“型破り”です。

レッドファルクスは、そうした“型破り”を積み重ねがら出世してきた馬です。中京で未勝利を脱出し、東京、中京、中京、東京と勝ち星を上げて押しも押されぬオープン馬にの仕上がります。左回り専用機と世間が思うのも無理はありません。さらにそこまでの5勝中3勝までがダート戦でのもので、どちらか言えばダート寄り、オープンで“二刀流”を通用させるには荷が重いと考えられていました。この時点で、右回りの中山コースのスプリンターズSを勝つと想像する人は少数派だったと思います。ましてサクラバクシンオー、ロードカナロアという歴史的名スプリンターと肩を並べる連覇達成を成し遂げるとは、もう夢の領域でした。しかしファルクスは世の中の杞憂をよそに、悠々と金字塔を打ち立てました。とんでもない型破りホースです。この希世の“型破り一族”から希代の“型破り王”が誕生しても驚けないでしょう。どんなこどもたちが、どんなレースで、どんな活躍をするのか、種牡馬レッドファルクスの型破りな未来を見てみたい気がします。