2022.07.04

平凡の非凡

梅雨明け最初の週末は、季節イメージ通りとても爽やかで気分良く過ごすことができました。嬉しい週末でしたね。土曜日には福島の新馬戦でナックブレイブが好位から鮮やかに抜け出し、新種牡馬レッドファルクスの一番槍となりました。母ワキノバクシンはスプリンターズS連覇を果たしたサクラバクシンオーの娘で、ファルクスと併せるとスプリントG1を4勝という快速血統です。器用なレースぶりからは距離が延びてもそれなりにやれそうで、ファルクスの名を高める活躍を心待ちにしています。さて、続く日曜日は小倉から素晴らしいプレゼントが舞い込みました。重賞CBC賞の舞台にレッドスパーダ産駒テイエムスパーダが登場、成長著しい新人ジョッキー今村聖奈さんとのコンビで、父譲りのスタート勘の良さとと二の脚の速さ、それに前に行きながらピタリと折り合う洗練されたセンスで先手を奪うと、48㌔の恵量も追い風となって光のように1200mを走り抜け、1分05秒8の日本レコードで3馬身半の圧勝を成し遂げました。馬主さん、調教師さん、今村さん始め、関係者の皆さまにお祝いを申し上げます。レッドスパーダもここまで頑張った甲斐があって遂にJRA重賞初制覇!本当に良かったです。

ご存じのようにレッドスパーダは、当クラブが東サラへとブランディングした第2期生、レッドディザイアがクラシック戦線でブエナビスタとの名勝負で日本中を沸かせ、デビューが遅く古馬になって充実したイタリアンレッドはわずか3カ月の短期間に重賞3連勝の離れ業を見せてくれました。東サラ第1期黄金世代として記録にも記憶にも残るサラブレッドばかりでした。スパーダもその一員として、藤沢和雄先生の下で G1NHKマイルC2着など一流マイラーの片鱗を煌(きら)めかせていました。しかし6歳時は全休するなど順調なばかりではなかったのですが、辛抱強く立て直され長期休養からカムバッタした7歳時の関屋記念では、直後に天皇賞(秋)からドバイデューティーフリー(現ドバイターフ)、安田記念まで4連勝した“驚異の上がり馬”ジャスタウェイを破る大金星を飾り、翌8歳時にも10番人気の低評価を覆しG2京王杯スプリングCを快勝しています。山あり谷ありの競走馬生活でしたが、藤沢先生の信条である「一勝より一生」を見事に貫き通した馬でした。

たとえばスパーダには、たとえばサイレンススズカのような異次元のスピードを備えていたわけでもなく、父タイキシャトルのような他を圧するカリスマ的なオーラを漂わせていたわけでもありません。テイエムスパーダが生き写しのように身につけている抜群のスタート勘と二の脚の速さと鞍上の指示に忠実で掛からない素直な気性、スパーダの良さはそれくらいのものでしょうか?言葉にしてしまえば、それらは競走馬としては標準的でごく平凡な能力にも思えますが、ホースマンなら口を揃えて、当たり前に見えて実は大変な難事業だと漏らします。名作「狭き門」で知られるフランスのノーベル文学賞作家アンドレ・ジッドの言葉に「非凡とは、平凡な事を真面目に確実に継続して出来ることだ」という言葉を遺しています。スパーダは藤沢先生の指導の下、この「平凡の非凡」に愚直に取り組み続け、いくつもの「狭き門」をくぐり抜けて来た馬だったのでしょう。そうした観点からは“最優秀の藤沢門下生”と褒めてあげて良いような気がします。

大殊勲の今村聖奈さんは勝利ジョッキーインタビューで「人馬一体」という言葉を繰り返しています。その思いはテイエムと今村さんの絆にとどまらず、「人」にはジョッキーやトレーナー、厩舎スタッフ、牧場関係者、馬主やファンまでも含まれるでしょうし、「馬」の方にはテイエムスパーダ自身、父レッドスパーダ、母トシザコジーンの全部をひっくるめての“一体”なのでしょう。そう言えば、姉ナーゲルリングはスパーダの初年度産駒で3勝を上げた“スパーダ最初の”活躍馬でした。彼女の活躍がなければ、テイエムスパーダの誕生もなかったかもしれません。考えてみれば、競馬は不思議な縁で結ばれて、想像もしなかった絆へと成長して、新たな価値観を誕生させ、さらなる未来へと大きく舵を切っていきます。そんな思いに浸りながら、明日はファルクスの未来を少し考えてみたいと思います。