2022.06.03

ダービーからダービーへ

新緑のターフを吹き抜ける爽やかな風に乗って、新馬戦の季節が訪れました。「ダービーからダービーへ」という耳に心地良いキャッチコピーに乗っかって、競馬の歳時記はダービーの翌週から次の年のダービーに向かって新馬戦が始まります。このサラブレッドにとってのファーストステージは、次の年のダービー翌週には歴戦の古馬との直接対決というセカンドステージへ移行します。ダービーを競馬の最高価値として尊(たっと)び・崇(あが)め、ダービーを中心にすべて動いていくという考え方は、イギリスで発明され発達してきたコンセプトですが、明治維新以降に顕著なようにイギリスをお手本に国づくりを進めて来た日本は、競馬に関しても“優等生”だったようです。我が日本ほど明確で厳密に「ダービーからダービーへ」史観に徹している競馬開催国は世界有数でしょうね。

以前はクラシックを目指すような有力馬は、概ね秋口にデビューするのが一般的でした。馬の成長を慌てず待って、心身両面の“帝王教育”を経て、万全の態勢を整えたうえで勝ち上がって行くのが“王道”とされてきたからです。しかし、ビッグレースの出走順が獲得賞金を目安とする日本固有の事情もあり、「ダービーからダービーへ」史観が定着するようになると、2歳の早い時期にデビューさせて早々に出走権利を確定させると、その後はジックリと成長を促しながら休養させて本番に備えるのが“新・王道”だと考える潮流が勢いを増しています。早期デビュー派と秋口派、どちらにもそれぞれ“一理”あるような気がしますが、ファンにとっては現在のような早期デビュー主流のトレンドは、有力馬・素質馬と夏前にお目にかかれるのは嬉しくも有り難いものです。ただ、問題はサラブレッドのライフスタイルのあり方に関わることですから、どちらが正しく?何が馬にとって良いのか?結論が見えてくるには長い時間が掛かりそうです。

それはさておき、今年もセレクトセールなどで高額で取引された期待馬たちが初日からゲートインするようです。これはこれでワクワクさせられますね。JRAの新馬戦の話題が盛り上がれば、お先にスタートした地方勢も負けじ!と熱い戦いを繰り広げています。6月2日(木)の門別競馬場では、絶滅したと思われていたオグリキャップの父系曾孫が登場!いい意味で期待を裏切る走りを見せて、目の肥えた馬産地ファンの方々を興奮の渦に巻き込みました。こういう“ハプニング”が忘れた頃に勃発するのですから、競馬はやめられません。

スタートで出遅れて3〜4馬身のロス。ダッシュつかず差は更に開きます。しかしフォルキャップと桑村真明騎手は立て直して猛然と追撃を開始し、直線を最速上がりで差し込み逃げ切った勝ち馬から3馬身+1馬身+ハナの4着に突っ込みます。上がり時計だけで0秒9も差を詰めました。単純計算ですが、まともに出ていれば頭まで突き抜けていた勘定です。誰も想像できなかったポテンシャルを秘めた馬でした。名をフォルキャップといいます。父がクレイドルサイアーという無名の種牡馬で、その父ノーザンキャップから曽祖父のオグリキャップへと遡る血統です。無名な上に実績もない馬を種牡馬として供用し続け、オグリキャップを甦らせる努力は並大抵でなかったはずです。牧場の宝である大事な繁殖牝馬に種付けさせるのも大変な覚悟が必要だったでしょうね。勇気、愛情、情熱、執念、どんなに言葉を集めても表現できません。生産者の方々やご家族、馬主さん、大事な馬房を提供してくださった桧森邦夫調教師やスタッフの皆さん、素晴らしい競馬を本当にありがとうございます。今週から地方でも中央でも、こんな熱いシーンが見られます。楽しみが止まりません。